小部経典0:序言



訳者からの御挨拶
 仏紀2552年(西暦2008年)9月、タイ王室より、日本テーラワーダ仏教協会に、『国際版パーリ三蔵』が贈与されました(詳細は、協会機関誌『パティパダー』2008年11月号参照)。今回の国際版パーリ三蔵は、仏紀2500年の第六結集版を改訂したもので、現段階で最高水準のパーリ三蔵テキストとされるものです。上記パティパダー誌に掲載された前田専学博士の言葉を引用させていただきますと、「この出版は、非常に大がかりなもので、五〇名のコンピューターの専門技術者を集め、パーリ語の誤写、誤読の訂正には、3年の年月をかけて3回校正し直し、二七〇万語を超えるパーリ語を訂正し、しかも異本は18種を参照するなど、タイ国の威信をかけた、今回世界で望みうる最善のものとなりました。今後これ以上のものを出版することは、ほとんど不可能に近く、永くパーリ聖典の基本的典拠となるものと存じます。タイ国上座仏教の総力を挙げて世界の仏教徒の長年の夢を実現されたものであり、こころからその完成をお慶び申し上げます」となります。これほどまでに貴重なテキストを活用しない手はなく、ここに、その翻訳を思い立った次第です。もっとも、一口に翻訳と申しましても、膨大な三蔵聖典のことですから、そのすべてを手掛けるのは、まずもって不可能な話です。そこで、どの聖典を翻訳の対象とするのか、という問題が出てきます。まずは、「経(スッタ)・律(ヴィナヤ)・論(アビダンマ)」の三蔵のなかのどれを、ということで、その答えが、「経」となりました。さらに、経蔵に収録された五部経典のうちのどれを、ということで考えますと、『長部経典』と『中部経典』は、すでに片山一良先生の現代語訳が存在し、『相応部経典』と『増支部経典』も、片山先生の手による現代語訳が着手済みとのことであり、結果として、残る『小部経典』の和訳(現代語訳)こそが、もっともニーズの高い作業であると判断するに至ったわけです。

 HP上での発表ということもあり、途中経過的な翻訳となるかもしれません。そこのところはご理解とご寛恕いただき、そのうえでご活用いただきますことを、お願い申し上げます。そもそも翻訳なるものは、いかなる天才碩学の手によるものであれ、完全無欠のものを提供することはできない話なのです。言葉そのものの限界もあります。ましてや、一切知者たる釈尊が残された言葉です。それをそのまま原意を損なわず、他の言語に移し替えるためには、まさに、釈尊と同じレベルの力量が求められるからです。もちろん、それこそは無理な話です。ですから、釈尊の教えを正しく学ぶには、原典であるパーリ三蔵にじかに目を通すのが最善なのですが、専門家以外の方にしてみれば、さすがにそれはむずかしいものがあります。翻訳以外に頼る道のない方もおられるわけで、その意味では、たしかに翻訳の存在意義は否定できません。ならば、翻訳の不完全さと、その必要不可欠さとを、どのように折り合いをつけたらよいのでしょう。訳し手としては、おのれの限界をわきまえ、常に最善を尽くす姿勢を貫くしかなく、読む側としては、書いてあることを鵜呑みにせず、その正邪を自らの頭で吟味し、腑に落ち納得するまで、文字との格闘を続けるしかありません。そうしますと、パーリ三蔵の和訳テキストは、一つに限らず、できるだけ多くの翻訳が世に提供され、学びのための資糧となるべきなのです。複数のテキストを比較考量することで、より原典に肉迫した理解が得られるからです。以下に続く拙訳も、「これが、経典翻訳の決定版なのだ」みたいな自負は毛頭なく、複数あるべき翻訳テキストのなかの一つであり、皆様の学びのために、その参考として提示させていただくだけのものでしかありません。文字どおりの拙い翻訳ではありますが、ブッダの教えを世に広める一助となれば、一仏教者として、これ以上の喜びはありません。合掌。



 テキスト
The Buddhist Era 2500 Great International Council Pali Tipitaka;Suttantapitaka Khuddakanikaya



 小部経典15編
1 クッダカパータ(小誦経)

2 ダンマパダ(法句経)

3 ウダーナ(自説経)

4 イティヴッタカ(如是語経)

5 スッタニパータ(経集)

6 ヴィマーナヴァットゥ(天宮事経)

7 ペータヴァットゥ(餓鬼事経)

8 テーラガーター(長老偈経)

9 テーリーガーター(長老尼偈経)

10 アパダーナ(譬喩経)

11 ブッダヴァンサ(仏種姓経)

12 チャリヤーピタカ(所行蔵経)

13 ジャータカ(本生経)

14 ニッデーサ(義釈)

15 パティサンビダーマッガ(無礙解道)



 凡例
和訳中の〔 〕と( )と“ ”は、訳者による付加。〔 〕は、本文の補足。( )は、前の語の説明。“ ”は、振りがな(ルビ)。


 訳文は意訳を避け、直訳体を採用。あたうかぎりの逐語訳を試み、原テキストの忠実な再現を心掛けました。パーリ語をそのまま日本語に移し替える訳し方をしたわけですから、恣意的な翻訳を避けるためとはいえ、生硬な訳文にならざるをえず、至らぬ点につきましては、未熟さゆえの誤訳も含め、皆様の御叱正と御批判を乞う次第です。


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