小部経典3:ウダーナ

2010.6.6更新


阿羅漢にして 正自覚者たる かの世尊に 礼拝し奉る


 ウダーナ聖典(自説経)


1 菩提の章


1.1 第一の菩提の経(1)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ウルヴェーラーに住しておられます。ネーランジャラー川の岸辺の菩提樹の根元において、最初の正覚者として。さて、まさに、その時、世尊は、七日のあいだ、結跏一つで坐しておられたのです。解脱の安楽の得知者として。そこで、まさに、世尊は、その七日が過ぎて、その〔心の〕統一(定)から出起して、夜の初更のあいだ(宵の内)、〔物事が〕縁によって生起する〔道理〕(縁起:因果の道理)を、順に、正しく、意“おもい”を為しました。

 「かくのごとく、これが存しているとき、これが有る。これの生起あることから、これが生起する。すなわち、この――無明(無明:無知)という縁から、諸々の形成〔作用〕(諸行:意志・衝動)が〔発生する〕。諸々の形成〔作用〕という縁から、識別〔作用〕(識:認識作用)が〔発生する〕。識別〔作用〕という縁から、名前と形態(名色:心と身体)が〔発生する〕。名前と形態という縁から、六つの〔認識の〕場所(六処)が〔発生する〕。六つの〔認識の〕場所という縁から、接触(触)が〔発生する〕。接触という縁から、感受(受)が〔発生する〕。感受という縁から、渇愛(愛)が〔発生する〕。渇愛という縁から、執取(取)が〔発生する〕。執取という縁から、生存(有)が〔発生する〕。生存という縁から、生(生)が〔発生する〕。生という縁から、老と死(老死)が〔発生し〕、憂いと嘆きと苦痛と失意と葛藤(愁悲苦憂悩)が発生する。このように、この全部の苦痛の範疇(苦蘊)の、集起が有る」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「熱情ある者に、〔常に〕瞑想している婆羅門に、まさに、諸々の法(性質)が明らかと成るとき(物事が生じては滅する、まさに、その、あるがままのあり方が明らかになるとき)、しかして、彼の、諸々の疑惑は、全てが消え去る――因を有する法(性質)を、〔あるがままに〕覚知するがゆえに(物事が因縁によって生起する道理、つまりは、縁起の理法を覚知するからである)」と。


 〔以上が〕第一〔の経〕となる。


1.2 第二の菩提の経(2)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ウルヴェーラーに住しておられます。ネーランジャラー川の岸辺の菩提樹の根元において、最初の正覚者として。さて、まさに、その時、世尊は、七日のあいだ、結跏一つで坐しておられたのです。解脱の安楽の得知者として。そこで、まさに、世尊は、その七日が過ぎて、その〔心の〕統一から出起して、夜の中更のあいだ(真夜中)、〔物事が〕縁によって生起する〔道理〕(縁起:因果の道理)を、逆に、正しく、意を為しました。

 「かくのごとく、これが存していないとき、これが有ることはない。これの止滅あることから、これが止滅する。すなわち、この――無明(無明:無知)の止滅あることから、諸々の形成〔作用〕(諸行:意志・衝動)の止滅がある。諸々の形成〔作用〕の止滅あることから、識別〔作用〕(識:認識作用)の止滅がある。識別〔作用〕の止滅あることから、名前と形態(名色:心と身体)の止滅がある。名前と形態の止滅あることから、六つの〔認識の〕場所(六処)の止滅がある。六つの〔認識の〕場所の止滅あることから、接触(触)の止滅がある。接触の止滅あることから、感受(受)の止滅がある。感受の止滅あることから、渇愛(愛)の止滅がある。渇愛の止滅あることから、執取(取)の止滅がある。執取の止滅あることから、生存(有)の止滅がある。生存の止滅あることから、生(生)の止滅がある。生の止滅あることから、老と死(老死)が〔止滅し〕、憂いと嘆きと苦痛と失意と葛藤(愁悲苦憂悩)が止滅する。このように、この全部の苦痛の範疇(苦蘊)の、止滅が有る」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「熱情ある者に、〔常に〕瞑想している婆羅門に、まさに、諸々の法(性質)が明らかと成るとき(物事が生じては滅する、まさに、その、あるがままのあり方が明らかになるとき)、しかして、彼の、諸々の疑惑は、全てが消え去る――諸々の縁の滅尽を、〔あるがままに〕知ったがゆえに(物事が因縁によって止滅する道理、つまりは、縁起の理法を覚知するからである)」と。


 〔以上が〕第二〔の経〕となる。


1.3 第三の菩提の経(3)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ウルヴェーラーに住しておられます。ネーランジャラー川の岸辺の菩提樹の根元において、最初の正覚者として。さて、まさに、その時、世尊は、七日のあいだ、結跏一つで坐しておられたのです。解脱の安楽の得知者として。そこで、まさに、世尊は、その七日が過ぎて、その〔心の〕統一から出起して、夜の後更のあいだ(明け方)、〔物事が〕縁によって生起する〔道理〕を、順逆に、正しく、意を為しました。

 「かくのごとく、これが存しているとき、これが有る。これの生起あることから、これが生起する。すなわち、この――無明という縁から、諸々の形成〔作用〕が〔発生する〕。諸々の形成〔作用〕という縁から、識別〔作用〕が〔発生する〕。識別〔作用〕という縁から、名前と形態が〔発生する〕。名前と形態という縁から、六つの〔認識の〕場所が〔発生する〕。六つの〔認識の〕場所という縁から、接触が〔発生する〕。接触という縁から、感受が〔発生する〕。感受という縁から、渇愛が〔発生する〕。渇愛という縁から、執取が〔発生する〕。執取という縁から、生存が〔発生する〕。生存という縁から、生が〔発生する〕。生という縁から、老と死が〔発生し〕、憂いと嘆きと苦痛と失意と葛藤が発生する。このように、この全部の苦痛の範疇の、集起が有る。

 まさしく、しかるに、無明の残りなき離貪による止滅あることから、諸々の形成〔作用〕の止滅がある。諸々の形成〔作用〕の止滅あることから、識別〔作用〕の止滅がある。識別〔作用〕の止滅あることから、名前と形態の止滅がある。名前と形態の止滅あることから、六つの〔認識の〕場所の止滅がある。六つの〔認識の〕場所の止滅あることから、接触の止滅がある。接触の止滅あることから、感受の止滅がある。感受の止滅あることから、渇愛の止滅がある。渇愛の止滅あることから、執取の止滅がある。執取の止滅あることから、生存の止滅がある。生存の止滅あることから、生の止滅がある。生の止滅あることから、老と死が〔止滅し〕、憂いと嘆きと苦痛と失意と葛藤が止滅する。このように、この全部の苦痛の範疇の、止滅が有る」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「熱情ある者に、〔常に〕瞑想している婆羅門に、まさに、諸々の法(性質)が明らかと成るとき、〔彼は〕悪魔の軍団を砕破しながら、〔世に〕止住する――太陽が、空中を照らすように」と。


 〔以上が〕第三〔の経〕となる。


1.4 大仰な者の経(4)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ウルヴェーラーに住しておられます。ネーランジャラー川の岸辺の菩提樹の根元において、最初の正覚者として。さて、まさに、その時、世尊は、七日のあいだ、結跏一つで坐しておられたのです。解脱の安楽の得知者として。そこで、まさに、世尊は、その七日が過ぎて、その〔心の〕統一から出起しました。

 そこで、まさに、或るひとりの〔尊大で〕大仰な生まれの婆羅門が、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊と共に〔今回の出会いを〕喜び合いました。〔彼は〕喜ばしい話題の挨拶を交わして、一方“かたわら”に立ちました。一方に立った、まさに、その婆羅門は、世尊に、こう言いました。「貴君ゴータマよ、いったい、どの点において、まさに、〔人は〕婆羅門と成るのですか。そして、また、どのようなものが、〔人を〕婆羅門に作り為す諸々の法(性質)なのですか」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「その婆羅門が、悪しき法(性質)を拒み、〔尊大で〕大仰な者でなく、〔心に〕濁りなく、自己を制し、知の終極に至り、梵行(禁欲清浄行)を完成した者であるなら――彼に、増長〔の思い〕が、世において、どこにも存在しないなら――彼は、法(真理)によって、梵論(最高の言説)を説くであろう」と。


 〔以上が〕第四〔の経〕となる。


1.5 婆羅門の経(5)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティ(舎衛城)に住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地(祇園精舎)において。さて、まさに、その時、尊者サーリプッタと、尊者マハーモッガッラーナと、尊者マハーカッサパと、尊者マハーカッチャーナと、尊者マハーコッティカと、尊者マハーカッピナと、尊者マハーチュンダと、尊者アヌルッダと、尊者レーワタと、尊者ナンダとが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。

 まさに、世尊は、それらの尊者たちが、はるか遠くからやってくるのを見ました。見て、〔一方の〕比丘たちに語りかけました。「比丘たちよ、これらの婆羅門たちがやってきます。比丘たちよ、これらの婆羅門たちがやってきます」と。このように言われたとき、或るひとりの婆羅門生まれの比丘は、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、いったい、どの点において、まさに、〔人は〕婆羅門と成るのですか。そして、また、どのようなものが、〔人を〕婆羅門に作り為す諸々の法(性質)なのですか」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「諸々の悪しき法(性質)を拒んで、彼らが、常に気づきある者たちとして〔世を〕歩むなら、まさに、彼らは、束縛するものが滅尽した覚者たちであり、世における〔真の〕婆羅門たちである」と。


 〔以上が〕第五〔の経〕となる。


1.6 マハーカッサパの経(6)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ラージャガハ(王舎城)に住しておられます。ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)において。さて、まさに、その時、尊者マハーカッサパは、ピッパリ窟に住しておられます。激しい病に苦しむ病苦の者として。そこで、まさに、尊者マハーカッサパは、他時にあって、その病苦から出起しました(やがて病から回復した)。そこで、まさに、尊者マハーカッサパは、その病苦から出起したとき、こう思いました。「それなら、さあ、わたしは、ラージャガハに〔行乞の〕食のために入ろうか(ラージャガハを托鉢しよう)」と。

 さて、まさに、その時、五百ばかりの天神たちが、〔法ならざる余計な〕思い入れを起こしたのです。尊者マハーカッサパが、〔行乞の〕施食を得ることに。そこで、まさに、尊者マハーカッサパは、それらの五百ばかりの天神たち〔の法ならざる施し〕を拒絶して、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、ラージャガハに〔行乞の〕食のために入りました。貧民のいる路地や困窮者のいる路地や機織職人のいる路地をとおって。まさに、世尊は、尊者マハーカッサパが、貧民のいる路地や困窮者のいる路地や機織職人のいる路地をとおって、〔行乞の〕食のためにラージャガハを歩んでいるのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「他者からの扶養なき者、〔一切を〕了知した者、〔自己を〕調御した者、〔法の〕真髄において〔自己を〕確立した者、煩悩が滅尽した者、〔心の〕汚点(怒りや憎しみなどの悪意)を吐き捨てた者――わたしは、彼を『婆羅門』と説く」と。


 〔以上が〕第六〔の経〕となる。


1.7 アジャカラーパカの経(7)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、パーヴァーに住しておられます。アジャカラーパカ塔廟にあるアジャカラーパカ夜叉の居所において。さて、まさに、その時、世尊は、漆黒の闇夜のなか、野外に坐しておられたのです。そして、天は、ぽつぽつと雨を降らせます。そこで、まさに、アジャカラーパカ夜叉は、世尊に、身の毛のよだつ驚愕と恐怖を起こさせようと欲し、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊から遠く離れていないところで、三回、「アックロー、パックロー(騒がしい悪鬼がいる)」と、騒がしい悪鬼〔の雄叫び〕を為しました。「沙門よ、この魔物は、おまえのためにいるのだ」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「婆羅門が、諸々の自らの法(性質)において、彼岸に至る者として〔世に〕有るとき、しかして、この、魔物やら、悪鬼やらを超克する」と。


 〔以上が〕第七〔の経〕となる。


1.8 サンガーマジの経(8)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者サンガーマジが、世尊と相見えるために、サーヴァッティに到着したのです。まさに、尊者サンガーマジの以前の伴侶は、「尊貴なるサンガーマジが、どうやら、サーヴァッティに到着したらしい」と耳にしました。彼女は、幼児を抱えて、ジェータ林へと赴きました。

 さて、まさに、その時、尊者サンガーマジは、或るどこかの木の根元で、昼の休息のために坐していたのです。そこで、まさに、尊者サンガーマジの以前の伴侶は、尊者サンガーマジのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者サンガーマジに、こう言いました。「沙門よ、まさに、小さな子供がいるのです、わたしを養ってください」と。このように言われたとき、尊者サンガーマジは、沈黙したままでした。

 再度また、まさに、尊者サンガーマジの以前の伴侶は、尊者サンガーマジに、こう言いました。「沙門よ、まさに、小さい子供がいるのです、わたしを養ってください」と。再度また、まさに、尊者サンガーマジは、沈黙したままでした。

 三度また、まさに、尊者サンガーマジの以前の伴侶は、尊者サンガーマジに、こう言いました。「沙門よ、まさに、小さい子供がいるのです、わたしを養ってください」と。三度また、まさに、尊者サンガーマジは、沈黙したままでした。

 そこで、まさに、尊者サンガーマジの以前の伴侶は、その幼児を尊者サンガーマジの前に置き去りにして、立ち去りました。「沙門よ、これは、あなたの子供です。彼を養ってください」と。

 ですが、まさに、尊者サンガーマジは、その幼児を眺めることもなければ、語りかけることもまたありませんでした。そこで、まさに、尊者サンガーマジの以前の伴侶は、遠く離れていないところまで行って振り返りつつ、尊者サンガーマジが、その幼児を眺めることもなければ、語りかけることもまたなくあるのを見ました。見て、彼女は、こう思いました。「さてまた、この沙門は、子供であろうが、義(必要)とする者にあらず」と。そののち、〔彼女は〕戻ってきて、幼児を抱えて立ち去りました。まさに、世尊は、人間を超越した清浄の天眼によって、尊者サンガーマジの以前の伴侶の、このような形の変わり様を見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「来る者を喜ばず、去る者を憂い悲しまず、執着〔の思い〕から解き放たれたサンガーマジ――わたしは、彼を『婆羅門』と説く」と。


 〔以上が〕第八〔の経〕となる。


1.9 結髪者たちの経(9)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ガヤーに住しておられます。ガヤーシーサ〔の大岩〕において。さて、まさに、その時、大勢の結髪者たちが、寒い冬の夜な夜な、雪の降る時分のアンタラッタカ(月の第八日の前後)のガヤー〔川〕に、「これによって、清浄あれ」と、浮かびもまたし、沈みもまたし、浮きつ沈みつをもまた為し、〔水を〕注ぎもまたし、祭火をもまた捧げます。

 まさに、世尊は、彼ら、大勢の結髪者たちが、寒い冬の夜な夜な、雪の降る時分のアンタラッタカのガヤー〔川〕に、「これによって、清浄あれ」と、浮かびもまたし、沈みもまたし、浮きつ沈みつをもまた為し、〔水を〕注ぎもまたし、祭火をもまた捧げているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「ここにおいて、多くの人が沐浴するが、〔人は〕水によって、清らかと成るのではない。彼において、しかして、真理があり、かつまた、法(教え)があるなら、彼は、清らかな者であり、しかして、彼は、婆羅門となる」と。


 〔以上が〕第九〔の経〕となる。


1.10 バーヒヤの経(10)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、樹皮行者のバーヒヤが、スッパーラカの海岸に滞在しています。〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品(常備薬)を得る者として。そこで、まさに、静所に赴き坐禅する樹皮行者のバーヒヤの心に、このような考えが浮かびました。「誰かしら或る者たちが、まさに、世において、あるいは、阿羅漢たちとしてあり、あるいは、阿羅漢道に入定した者たちとしてあるなら、わたしは、彼らのなかの或るひとりなのだろうか」と。

 そこで、まさに、樹皮行者のバーヒヤの過去〔世〕の血縁である天神が、〔彼を〕慈しみ、〔彼の〕義(利益)を欲し、〔自らの〕心をとおして、樹皮行者のバーヒヤの心の考えを了知して、樹皮行者のバーヒヤのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、樹皮行者のバーヒヤに、こう言いました。「バーヒヤさん、まさに、あなたは、阿羅漢でもなければ、あるいは、また、阿羅漢道に入定した者でもありません。その〔道〕によって、あなたが、あるいは、阿羅漢として存することになり、あるいは、阿羅漢道に入定した者として〔存することになる〕、その〔実践の〕道もまた、あなたには存在しません」と。

 「では、そうしますと、天〔界〕を含む世〔界〕において、どのような者たちが、あるいは、阿羅漢たちとしてあり、あるいは、阿羅漢の道に入った者たちとしてあるのですか」と。「バーヒヤさん、北の諸地方に、サーヴァッティという名の城市が存在します。そこに、彼が、世尊が、今現在、阿羅漢として、正自覚者として、住しておられます。バーヒヤさん、まさに、彼は、世尊は、まさしく、阿羅漢でもあれば、阿羅漢たるための法(教え)をも説示します」と。

 そこで、まさに、その天神〔の言葉〕に畏怖した樹皮行者のバーヒヤは、まさしく、ただちに、スッパーラカから立ち去りました。一切所において、一夜の滞在ですませ、サーヴァッティはジェータ林の、アナータピンディカ〔長者〕の園地のあるところに、そこへと近づいて行きました。さて、まさに、その時、大勢の比丘たちが、野外で歩行〔の瞑想〕をしています。そこで、まさに、樹皮行者のバーヒヤは、それらの比丘たちのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、それらの比丘たちに、こう言いました。「尊き方々よ、いったい、どこに、まさに、今現在、世尊が、阿羅漢として、正自覚者として、住しておられるのですか。わたしどもは、阿羅漢であり、正自覚者である、彼と、世尊と、相見えることを欲する者です」と。「バーヒヤさん、まさに、世尊は、町中へと、〔行乞の〕食のために入りました」と。

 そこで、まさに、樹皮行者のバーヒヤは、急ぎの様子でジェータ林から出て、サーヴァッティに入って、世尊が、サーヴァッティを〔行乞の〕食のために歩んでいるのを見ました。浄信の方にして浄信をおこすべき方を――〔感官の〕機能が寂静となり意“こころ”が寂静となった方を――最上の〔身の〕調御と〔心の〕寂止を獲得した方を――〔自己が〕調御され〔感官の門が〕守られ〔感官の〕機能が制された龍を。見て、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊の〔両の〕足に、頭をもって平伏して、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、世尊よ、わたしに、法(教え)を説示してください。善き至達者(善逝)よ、法(教え)を説示してください。長夜にわたり、わたしの利益と安楽のために存するであろう、〔まさに〕その〔法〕として」と。このように言われたとき、世尊は、樹皮行者のバーヒヤに、こう言いました。「バーヒヤさん、まさに、まだ、〔そのための〕時ではありません。〔わたしたちは〕町中へと、〔行乞の〕食のために入ったのです」と。

 再度また、まさに、樹皮行者のバーヒヤは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、ですが、まさに、このことは、知り難いことなのです。あるいは、世尊の生命にたいする諸々の障害についてのことであれ、あるいは、わたしの生命にたいする諸々の障害についてのことであれ(わたしたちの生命は、明日をも知れないものなのです)。尊き方よ、世尊よ、わたしに、法(教え)を説示してください。善き至達者よ、法(教え)を説示してください。長夜にわたり、わたしの利益と安楽のために存するであろう、〔まさに〕その〔法〕として」と。再度また、まさに、世尊は、樹皮行者のバーヒヤに、こう言いました。「バーヒヤさん、まさに、まだ、〔そのための〕時ではありません。〔わたしたちは〕町中へと、〔行乞の〕食のために入ったのです」と。

 三度また、まさに、樹皮行者のバーヒヤは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、ですが、まさに、このことは、知り難いことなのです。あるいは、世尊の生命にたいする諸々の障害についてのことであれ、あるいは、わたしの生命にたいする諸々の障害についてのことであれ。尊き方よ、世尊よ、わたしに、法(教え)を説示してください。善き至達者よ、法(教え)を説示してください。長夜にわたり、わたしの利益と安楽のために存するであろう、〔まさに〕その〔法〕として」と。

 「バーヒヤさん、それでは、ここに、このように、あなたは学ぶべきです。『見られたものにおいては、見られたもののみが有るであろう。聞かれたものにおいては、聞かれたもののみが有るであろう。思われたものにおいては、思われたもののみが有るであろう。識られたものにおいては、識られたもののみが有るであろう』と。バーヒヤさん、まさに、このように、あなたは学ぶべきです。バーヒヤさん、まさに、あなたにとって、見られたものにおいては、見られたもののみが有るであろうことから、聞かれたものにおいては、聞かれたもののみが有るであろうことから、思われたものにおいては、思われたもののみが有るであろうことから、識られたものにおいては、識られたもののみが有るであろうことから、バーヒヤさん、それですから、あなたは、それとともにいないのです。バーヒヤさん、あなたが、それとともにいないことから、バーヒヤさん、それですから、あなたは、そこにいないのです。バーヒヤさん、あなたが、そこにいないことから、バーヒヤさん、それですから、あなたは、まさしく、この〔世〕になく、あの〔世〕になく、両者の中間において〔存在し〕ないのです。これこそは、苦しみの終極“おわり”です」と。

 そこで、まさに、樹皮行者のバーヒヤですが、世尊の、この簡略なる法(教え)の説示によって、まさしく、ただちに、〔何ものをも〕執取せずして、心は、諸々の煩悩から解脱しました。

 そこで、まさに、世尊は、樹皮行者のバーヒヤを、この簡略なる教諭によって教え諭して、立ち去りました。そこで、まさに、世尊が立ち去ったあと、長からずして、樹皮行者のバーヒヤに、若い子牛づれの雌牛がぶつかって、〔その〕生命を奪いました。

 そこで、まさに、世尊は、サーヴァッティを〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、大勢の比丘たちと共に城市から出て、樹皮行者のバーヒヤが命を終えたのを見ました。見て、比丘たちに語りかけました。「比丘たちよ、樹皮行者のバーヒヤの遺骸を収め取りなさい。寝床に載せて運び出して、燃やしてあげなさい。そして、彼のために塔を作りなさい。比丘たちよ、あなたたちと梵行を共にする者が、命を終えたのです」と。

 「尊き方よ、わかりました」と、まさに、それらの比丘たちは、世尊に答えて、樹皮行者のバーヒヤの遺骸を、寝床に載せて運び出して、燃やしてあげて、そして、彼のために塔を作って、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、樹皮行者のバーヒヤの肉体は焼かれました。そして、彼のために塔が作られました。彼には、どのような〔来世の〕境遇(趣)がありますか、どのような未来の運命がありますか」と。「比丘たちよ、樹皮行者のバーヒヤは、賢者です。法(教え)を法(教え)のままに実践しました。そして、法(教え)を問題にして、わたしを悩ますことがありませんでした。比丘たちよ、樹皮行者のバーヒヤは、完全なる涅槃に到達したのです」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「しかして、そこは、水と地と火と風が依って立たざるところにして、そこに、星々は輝かず、日は輝かず、そこに、月は輝かず、そこに、闇は見い出されない。

 しかして、〔真の〕婆羅門たる牟尼(沈黙の聖者)が、寂黙〔の知慧〕によって、自己みずから、〔このことを〕知ったとき、しかして、形態(色)から、かつまた、形態なきもの(無色)から、楽苦〔の思い〕から、〔彼は〕解き放たれる」と。


 〔以上が〕第十〔の経〕となる。


 この感興〔の言葉〕もまた、「世尊によって説かれたものである」と、わたしは聞きました。ということで――


 菩提の章が、第一となる。


 その〔章〕のための、摂頌となる。


 〔しかして、詩偈に言う〕「しかして、三つの菩提、大仰な者、婆羅門、および、カッサパとともに、アジャ、サンガーマ、結髪者たち、バーヒヤとともに、かくのごとく、それらの十がある」と。


2 ムチャリンダの章


2.1 ムチャリンダの経(11)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ウルヴェーラーに住しておられます。ネーランジャラー川の岸辺のムチャリンダ〔樹〕の根元において、最初の正覚者として。さて、まさに、その時、世尊は、七日のあいだ、結跏一つで坐しておられたのです。解脱の安楽の得知者として。

 さて、まさに、その時、巨大な、時ならざる雨雲が現われました。七日のあいだ雨となり、冷たい風の荒れた日々となります。そこで、まさに、龍王のムチャリンダは、自らの居所から出て、世尊の身体を七重の蜷局“とぐろ”で取り巻いて、頭上高くに、巨大な鎌首をもたげて立ちました。「世尊に、寒さが〔触れることが〕あってはならない。世尊に、暑さが〔触れることが〕あってはならない。世尊に、虻や蚊や風や熱や蛇が触れることがあってはならない」と。

 そこで、まさに、世尊は、その七日が過ぎて、その〔心の〕統一から出起しました。そこで、まさに、龍王のムチャリンダは、雷雲が離れ去り、天が晴れたことを知って、世尊の身体から〔七重の〕蜷局をほどいて、自らの姿を取り去って、若者の姿に化作“けさ”して、世尊の前に立ちました。合掌し、世尊を礼拝する者として。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「〔足ることを知り〕満ち足りている者にとって、〔覚者の〕法(教え)を聞いた者にとって、〔あるがままに〕見ている者にとって、遠離〔の境地〕は、安楽である。世において、生き物たる生類たちにたいし、自制の者としてあり、加害〔の思い〕なくあることは、安楽である。

 世において、諸々の欲望〔の対象〕を超え行く者としてあり、貪り〔の思い〕を離れることは、安楽である。およそ、『〔わたしは〕存在する』という思量(我慢:自我意識)を取り除くことは、まさに、これは、最高の安楽である」と。


 〔以上が〕第一〔の経〕となる。


2.2 王の経(12)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティ(舎衛城)に住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地(祇園精舎)において。さて、まさに、その時、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、奉仕堂に集まって坐っている、大勢の比丘たちに、この〔暇つぶしの〕合間の議論が起こりました。「友よ、いったい、まさに、これらの二者の王のうちの誰が、あるいは、より多く富ある者であり、あるいは、より多く財ある者であり、あるいは、より多く蔵ある者であり、あるいは、より多く領土ある者であり、あるいは、より多く車両ある者であり、あるいは、より多く力ある者であり、あるいは、より多く権力ある者であり、あるいは、より多く威力ある者であるのか――あるいは、〔それは〕マガダ〔国〕のセーニヤ・ビンビサーラ王であるのか、あるいは、〔それは〕コーサラ〔国〕のパセーナディ王であるのか」と。それでも、それらの比丘たちの、この〔暇つぶしの〕合間の議論は終わることがなかったのです。

 そこで、まさに、世尊は、夕刻時に、坐禅から出起され、奉仕堂のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、設けられた坐に坐られました。坐られて、まさに、世尊は、比丘たちに語りかけました。「比丘たちよ、ここにおいて、今現在、いったい、どのような議論のために、集まって坐っているのですか。そして、また、終わることがなかった、あなたたちの〔暇つぶしの〕合間の議論とは、どのようなものですか」と。

 「尊き方よ、ここに、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、奉仕堂に集まって坐っている、わたしたちに、この〔暇つぶしの〕合間の議論が起こりました。『友よ、いったい、まさに、これらの二者の王のうちの誰が、あるいは、より多く富ある者であり、あるいは、より多く財ある者であり、あるいは、より多く蔵ある者であり、あるいは、より多く領土ある者であり、あるいは、より多く車両ある者であり、あるいは、より多く力ある者であり、あるいは、より多く権力ある者であり、あるいは、より多く威力ある者であるのか――あるいは、〔それは〕マガダ〔国〕のセーニヤ・ビンビサーラ王であるのか、あるいは、〔それは〕コーサラ〔国〕のパセーナディ王であるのか』と。尊き方よ、まさに、これが、終わることがなかった、わたしたちの〔暇つぶしの〕合間の議論です。そのとき、世尊がおいでになったのです」と。

 「比丘たちよ、良家の子息たちとして、信によって家から家なきへと出家した、あなたたちにとって、まさに、このことは、ふさわしいことではありません。すなわち、あなたたちが、このような形の議論を議論することです。比丘たちよ、あなたたちが集まったときには、二つの為すべきことがあります――あるいは、法(教え)の議論であるか、あるいは、聖なる沈黙の状態であるか、です」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「しかして、それが、世における欲望の安楽であるとして、さらには、それが、天におけるこの安楽であるとして、これらは、渇愛の滅尽という安楽の、十六分の一にも値しない」と。


 〔以上が〕第二〔の経〕となる。


2.3 棒の経(13)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、大勢の少年たちが、サーヴァッティとジェータ林との中途において、棒で蛇を打っています。そこで、まさに、世尊は、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、サーヴァッティに〔行乞の〕食のために入りました。まさに、世尊は、大勢の少年たちが、サーヴァッティとジェータ林との中途において、棒で蛇を打っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「彼が、安楽を欲する諸々の生類を棒で害するなら、自己の安楽を求めつつ、彼は、死してのち、安楽を得ない。

 彼が、安楽を欲する諸々の生類を棒で害さないなら、自己の安楽を求めつつ、彼は、死してのち、安楽を得る」と。


 〔以上が〕第三〔の経〕となる。


2.4 尊敬の経(14)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、世尊は、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品(常備薬)を得る者として、〔世に〕有ります。比丘の僧団もまた、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品を得る者として、〔世に〕有ります。いっぽう、他の異教の遍歴遊行者たちは、〔人々から〕尊敬されず、尊重されず、思慕されず、供養されず、敬恭されず、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品を得ない者たちとして、〔世に〕有ります。そこで、まさに、彼ら、他の異教の遍歴遊行者たちは、世尊への〔人々の〕尊敬を耐えられずに、さらには、比丘の僧団への〔人々の尊敬を耐えられずに〕、村でも、林でも、比丘たちを見つけては、諸々の不当で粗暴な言葉でもって、罵倒し、誹謗し、悩ませ、困らせます。

 そこで、まさに、大勢の比丘たちは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、今現在、世尊は、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品を得る者として、〔世に〕有ります。比丘の僧団もまた、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品を得る者として、〔世に〕有ります。いっぽう、他の異教の遍歴遊行者たちは、〔人々から〕尊敬されず、尊重されず、思慕されず、供養されず、敬恭されず、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品を得ない者たちとして、〔世に〕有ります。尊き方よ、そこで、まさに、彼ら、他の異教の遍歴遊行者たちは、世尊への〔人々の〕尊敬を耐えられずに、さらには、比丘の僧団への〔人々の尊敬を耐えられずに〕、村でも、林でも、比丘たちを見つけては、諸々の不当で粗暴な言葉でもって、罵倒し、誹謗し、悩ませ、困らせます」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「村において、林において、楽苦〔の思い〕に触れたなら、『まさしく、自己からのものにあらず、他者からのものにあらず』と思い定めるがよい。〔心の〕依り所(依存の対象)を縁として、諸々の接触(感覚)は、〔諸々の感官の機能と〕接触する(楽苦の思いを引き起こす)。依り所なき者に、諸々の接触が、どうして、接触するというのだろう(彼は、楽苦の思いに振り回されない)」と。


 〔以上が〕第四〔の経〕となる。


2.5 在俗信者の経(15)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、或るひとりのイッチャーナンガラ〔村〕の在俗信者が、サーヴァッティに到着したのです。或る何らかの用事があって。そこで、まさに、その在俗信者は、サーヴァッティでその用事を済ませて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、その在俗信者に、世尊は、こう言いました。「在俗信者よ。まさに、あなたは、長い〔時間〕かかって、この機会を作ったのですね。つまり、この、ここにやってくるために」と。

 「尊き方よ、わたしは長いあいだずっと、世尊と相見“まみ”えるために近づいて行こうとするのですが、いっぽうで、また、わたしは、あれやこれやと諸々の為すべき用事があり、多忙でありまして、そういうことで、わたしは、世尊と相見えるために近づいて行くことができなかったのです」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「法(真理)を究めた多聞“たもん”の者には、彼には、何であれ、〔所有する物は〕有りえない。まさに、安楽〔の思い〕がある〔だけのこと〕。所有ある者を見よ――打ちのめされている。人は、人にたいし、結縛の形態あるもの(人は、所有の思いに悩まされる)」と。


 〔以上が〕第五〔の経〕となる。


2.6 妊婦の経(16)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、或るひとりの遍歴遊行者に、妊婦で臨月の、若く幼い夫人がいます。そこで、まさに、その女性遍歴遊行者(妊婦)は、その遍歴遊行者に、こう言いました。「婆羅門よ、あなたは、行って、油を持ってきてくださいな。お産するわたしのために成るのですから」と。

 このように言われたとき、その遍歴遊行者は、その女性遍歴遊行者に、こう言いました。「愛しい方よ、では、わたしは、どこから、油を持ってくるのだい」と。再度また、まさに、その女性遍歴遊行者は、その遍歴遊行者に、こう言いました。「婆羅門よ、あなたは、行って、油を持ってきてくださいな。お産するわたしのために成るのですから」と。再度また、まさに、その遍歴遊行者は、その女性遍歴遊行者に、こう言いました。「愛しい方よ、では、わたしは、どこから、油を持ってくるのだい」と。三度また、まさに、その女性遍歴遊行者は、その遍歴遊行者に、こう言いました。「婆羅門よ、あなたは、行って、油を持ってきてくださいな。お産するわたしのために成るのですから」と。

 さて、まさに、その時、コーサラ〔国〕のパセーナディ王の貯蔵庫では、あるいは、沙門のために、あるいは、婆羅門のために、あるいは、酥“そ”(バター)を、あるいは、油を、義(必要)とするだけ、飲むことが許されています。運び出すことはできませんが。

 そこで、まさに、その遍歴遊行者は、こう思いました。「さて、まさに、コーサラ〔国〕のパセーナディ王の貯蔵庫では、あるいは、沙門のために、あるいは、婆羅門のために、あるいは、酥を、あるいは、油を、義(必要)とするだけ、飲むことが許されている。運び出すことはできないが。それなら、さあ、わたしは、コーサラ〔国〕のパセーナディ王の貯蔵庫に行って、油を、義(必要)とするだけ、飲んで家に帰って〔そののち〕、吐き出して与えてはどうだろうか。お産するこの者のために成るのだから」と。

 そこで、まさに、その遍歴遊行者は、コーサラ〔国〕のパセーナディ王の貯蔵庫に行って、油を、義(必要)とするだけ、飲んで家に帰って〔そののち〕、〔飲んだ油を〕上に為すこともできなければ、いっぽうで、下に〔為すこと〕もできません。彼は、強烈で、荒々しく、辛辣な、諸々の苦痛の感受に襲われ、ころがり回り、のたうち回ります。

 そこで、まさに、世尊は、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、サーヴァッティに〔行乞の〕食のために入りました。まさに、世尊は、その遍歴遊行者が、強烈で、荒々しく、辛辣な、諸々の苦痛の感受に襲われ、ころがり回り、のたうち回っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「まさに、彼らが、無一物であるなら、〔彼らは〕安楽の者たちである。なぜなら、〔真の〕知に至る人たちは、無一物であるからである。所有ある者を見よ――打ちのめされている。人は、人にたいし、結縛の心あるもの(人は、所有の思いに悩まされる)」と。


 〔以上が〕第六〔の経〕となる。


2.7 独り子の経(17)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、或るひとりの在俗の信者の、愛しく意に適う独り子が、命を終えたのです。

 そこで、まさに、大勢の在俗の信者たちが、濡れた衣、濡れた髪で、朝も早くから、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの在俗の信者たちに、世尊は、こう言いました。「在俗の信者たちよ、いったい、どうして、まさに、あなたたちは、濡れた衣、濡れた髪で、ここへと近づいて行くのですか――朝も早くから」と。

 このように言われたとき、その在俗の信者は、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、わたしの、まさに、愛しく意に適う独り子が、命を終えたのです。それで、わたしたちは、濡れた衣、濡れた髪で、ここへと近づいて行くのです――朝も早くから」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「愛しい形態や快楽〔の思い〕に拘束された天の衆たち、そして、多々なる人間たち――老い朽ち、悩苦ある者たちは、死魔の王の支配に赴く。

 彼らが、まさに、昼も、夜も、〔気づきを〕怠らず、愛しい形態〔にたいする執着の思い〕を捨棄するなら、彼らは、まさに、悩苦の根(執着の思い)を、超克し難い死魔の餌(欲望の対象)を、掘り崩す」と。


 〔以上が〕第七〔の経〕となる。


2.8 スッパヴァーサーの経(18)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、クンディカーに住しておられます。クンダダーナ林において。さて、まさに、その時、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーが、七年のあいだ、胎児を宿しています。七日のあいだ、難産となり、彼女は、強烈で、荒々しく、辛辣な、諸々の苦痛の感受に襲われているのですが、三つの思いでもって耐え忍びます。「正自覚者なのです――まさに、彼です、世尊です――このような形の、この苦痛を捨棄するために、法(教え)を説示する方は」「善き実践者なのです――まさに、彼の、世尊の、弟子の僧団です――このような形の、この苦痛を捨棄するために、〔道を〕実践する方は」「極めて安楽なのです――まさに、それです、涅槃です――このような形の、この苦痛が、まったく見い出されないところは」と。

 そこで、まさに、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、夫に語りかけました。「旦那さま、さあ、あなたは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行ってください。近づいて行って、わたしの言葉でもって、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝してください。病苦少なく、病悩少なく、軽快であらせられ、活力があり、平穏にお暮らしであるかを尋ねてください。『尊き方よ、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝します。病苦少なく、病悩少なく、軽快であらせられ、活力があり、平穏にお暮らしであるかを尋ねます』と。そして、このように言ってください。『尊き方よ、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、七年のあいだ、胎児を宿しています。七日のあいだ、難産となり、彼女は、強烈で、荒々しく、辛辣な、諸々の苦痛の感受に襲われているのですが、三つの思いでもって耐え忍びます。「正自覚者なのです――まさに、彼です、世尊です――このような形の、この苦痛を捨棄するために、法(教え)を説示する方は」「善き実践者なのです――まさに、彼の、世尊の、弟子の僧団です――このような形の、この苦痛を捨棄するために、〔道を〕実践する方は」「極めて安楽なのです――まさに、それです、涅槃です――このような形の、この苦痛が、まったく見い出されないところは」』」と。

 「すばらしい」と、まさに、そのコーリヤ〔族〕の子息(夫)は、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーに答えて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、コーリヤ〔族〕の子息は、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝します。病苦少なく、病悩少なく、軽快であらせられ、活力があり、平穏にお暮らしであるかを尋ねます。そして、このように言います。尊き方よ、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、七年のあいだ、胎児を宿しています。七日のあいだ、難産となり、彼女は、強烈で、荒々しく、辛辣な、諸々の苦痛の感受に襲われているのですが、三つの思いでもって耐え忍びます。『正自覚者なのです――まさに、彼です、世尊です――このような形の、この苦痛を捨棄するために、法(教え)を説示する方は』『善き実践者なのです――まさに、彼の、世尊の、弟子の僧団です――このような形の、この苦痛を捨棄するために、〔道を〕実践する方は』『極めて安楽なのです――まさに、それです、涅槃です――このような形の、この苦痛が、まったく見い出されないところは』」と。

 「コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、安楽の者と成りなさい、無病の者と成りなさい、無病の子供を産みなさい」と。そして、また、世尊の言葉と共に、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、安楽の者となり、無病の者となり、無病の子供を産みました。

 「尊き方よ、そのとおりです」と、まさに、そのコーリヤ〔族〕の子息は、世尊が語ったことを喜んで、随喜して、坐から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、自分の家のあるところに、そこへと戻りました。まさに、そのコーリヤ〔族〕の子息は、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーが、安楽の者となり、無病の者となり、無病の子供を産んだのを見ました。見て、彼は、こう思いました。「ああ、まさに、めったにないことだ。ああ、まさに、はじめてのことだ。如来の、偉大なる神通だ、偉大なる威力だ。なぜなら、そこにおいて、まさに、このコーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、しかして、また、世尊の言葉と共に、安楽の者となり、無病の者となり、無病の子供を産んだのだから」と。〔彼は〕わが意を得た者となり、歓喜し、喜悦と悦意が生まれたのでした。

 そこで、まさに、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、夫に語りかけました。「旦那さま、さあ、あなたは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行ってください。近づいて行って、わたしの言葉でもって、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝してください。『尊き方よ、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝します』と。そして、このように言ってください。『尊き方よ、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、七年のあいだ、胎児を宿し、七日のあいだ、難産でしたが、彼女は、今現在、安楽の者となり、無病の者となり、無病の子供を産みました。彼女は、七日のあいだ、覚者を頂とする比丘の僧団を、食事にお招きいたします。尊き方よ、世尊よ、どうか、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーの七〔日〕の食事を、比丘の僧団と共に、お受けください』」と。

 「すばらしい」と、まさに、そのコーリヤ〔族〕の子息は、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーに答えて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、そのコーリヤ〔族〕の子息は、世尊に、こう言いました。

 「尊き方よ、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝します。そして、このように言います。『尊き方よ、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、七年のあいだ、胎児を宿し、七日のあいだ、難産でしたが、彼女は、今現在、安楽の者となり、無病の者となり、無病の子供を産みました。彼女は、七日のあいだ、覚者を頂とする比丘の僧団を、食事にお招きいたします。尊き方よ、世尊よ、どうか、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーの七〔日〕の食事を、比丘の僧団と共に、お受けください』」と。

 さて、まさに、その時、或るひとりの在俗信者によって、覚者を頂とする比丘の僧団は、明日、食事に招かれていたのです(先約があった)。ちなみに、その在俗信者は、尊者マハーモッガッラーナの奉仕者(世話係)です。そこで、まさに、世尊は、尊者マハーモッガッラーナに語りかけました。「モッガッラーナよ、さあ、あなたは、その在俗信者のいるところに、そこへと近づいて行きなさい。近づいて行って、その在俗信者に、このように言いなさい。『友よ、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、七年のあいだ、胎児を宿し、七日のあいだ、難産でしたが、彼女は、今現在、安楽の者となり、無病の者となり、無病の子供を産みました。彼女は、七日のあいだ、覚者を頂とする比丘の僧団を、食事に招きます。コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーに、七〔日〕の食事をしていただきます。あなたは、そのあとにしましょう』と。彼は、あなたの奉仕者です」と。

 「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者マハーモッガッラーナは、世尊に答えて、その在俗信者のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、その在俗信者に、こう言いました。「友よ、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、七年のあいだ、胎児を宿し、七日のあいだ、難産でしたが、彼女は、今現在、安楽の者となり、無病の者となり、無病の子供を産みました。彼女は、七日のあいだ、覚者を頂とする比丘の僧団を、食事に招きます。コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーに、七〔日〕の食事をしていただきます。あなたは、そのあとにしましょう」と。

 「尊き方よ、それでは、もし、尊貴なるマハーモッガッラーナさまが、わたしのために、諸々の財物と、生命と、信と、三つの法(事象)の保証人になっていただけるなら、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーに、七〔日〕の食事をしていただきます。わたしは、そのあとにしましょう」と。「友よ、まさに、わたしは、あなたのために、諸々の財物と、生命と、二つの法(事象)の保証人になります。ですが、信については、あなたこそが、保証人なのです」と。

 「尊き方よ、それでは、もし、尊貴なるマハーモッガッラーナさまが、わたしのために、諸々の財物と、生命と、二つの法(事象)の保証人になっていただけるなら、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーに、七〔日〕の食事をしていただきます。わたしは、そのあとにしましょう」と。

 そこで、まさに、尊者マハーモッガッラーナは、その在俗信者を説得して、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、その在俗信者ですが、わたしが説得いたしました。コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーに、七〔日〕の食事をしていただきます。彼は、そのあとにしましょう」と。

 そこで、まさに、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、七日のあいだ、覚者を頂とする比丘の僧団を、上質の固形の食料や軟らかい食料で満足させ、自らの手で給仕しました。そして、その幼児に、世尊を敬拝させました。さらには、比丘の僧団の全てをも。

 そこで、まさに、尊者サーリプッタは、その幼児に、こう言いました。「幼児“おちび”さん、どうだい、きみは、大丈夫かい。どうだい、順調かい。どうだい、何か、苦しいことはないかい」と。「尊きサーリプッタさま、どうして、わたしが、大丈夫なのでしょう。どうして、順調なのでしょう。わたしは、血の釜(子宮)のなかで、七年のあいだ、過ごしたのです」と。

 そこで、まさに、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーは、「わたしの子供が、法(教え)の軍団長(サーリプッタ長老)を相手に語りかけている」と、わが意を得た者となり、歓喜し、喜悦と悦意が生まれたのでした。そこで、まさに、世尊は、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーが、わが意を得た者となり、歓喜し、喜悦と悦意が生まれたのを知って、コーリヤ〔族〕の子女のスッパヴァーサーに、こう言いました。「スッパヴァーサーさん、あなたは、他にもまた、このような形の〔利発な〕子供を求めますか」と。「尊き方よ、わたしは、他にもまた、このような形の七者の〔利発な〕子供を求めます」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「快ならざるものを快なる形によって、愛しからざるものを愛しい形によって、苦なるものを楽なる形によって、〔そのように〕怠りあるものを超克する」と。


 〔以上が〕第八〔の経〕となる。


2.9 ヴィサーカーの経(19)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。東の園地にあるミガーラ・マートゥの高楼(鹿母講堂:ミガーラの母のヴィサーカーが寄進した堂舎)において。さて、まさに、その時、ミガーラの母のヴィサーカーには、或る何らかの義(利益)に関連したことが、コーサラ〔国〕のパセーナディ王にたいしてあるのですが、コーサラ〔国〕のパセーナディ王は、それを、志向するとおりに取り計らってくれません。

 そこで、まさに、ミガーラの母のヴィサーカーは、朝も早くから、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、ミガーラの母のヴィサーカーに、世尊は、こう言いました。「ヴィサーカーさん、さて、いったい、どうして、あなたはやってきたのですか――朝も早くから」と。「尊き方よ、ここに、わたしには、或る何らかの義(利益)に関連したことが、コーサラ〔国〕のパセーナディ王にたいしてあるのですが、コーサラ〔国〕のパセーナディ王は、それを、志向するとおりに取り計らってくれません」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「他者の支配あることは、〔その〕一切が、苦痛である。主権者たることは、〔その〕一切が、安楽である。〔他者とのあいだに〕共通する〔為すべき義務〕に、〔人々は〕打ちのめされる。まさに、〔他者とのあいだの〕諸々の束縛は、超越し難きもの」と。


 〔以上が〕第九〔の経〕となる。


2.10 バッディヤの経(20)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、アヌピヤーに住しておられます。〔郊外の〕アンバ林(マンゴーの果樹園)において。さて、まさに、その時、カーリーゴーダーの子の尊者バッディヤが、林に赴いてもまた、木の根元に赴いてもまた、空家に赴いてもまた、何度となく、「ああ、安楽だ」「ああ、安楽だ」と、感興〔の言葉〕を唱えました。

 まさに、大勢の比丘たちは、カーリーゴーダーの子の尊者バッディヤが、林に赴いてもまた、木の根元に赴いてもまた、空家に赴いてもまた、何度となく、「ああ、安楽だ」「ああ、安楽だ」と、感興〔の言葉〕を唱えているのを耳にしました。耳にして、彼らは、こう思いました。「友よ、まさに、疑いなく、カーリーゴーダーの子の尊者バッディヤは、喜ぶことなく、梵行(禁欲清浄行)を歩んでいる。彼が、かつて在家の者としてあったときの、王権の安楽があるので、彼は、それを思い浮かべつつ、林に赴いてもまた、木の根元に赴いてもまた、空家に赴いてもまた、何度となく、『ああ、安楽だ』『ああ、安楽だ』と、感興〔の言葉〕を唱えたのだ」と。

 そこで、まさに、大勢の比丘たちは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、カーリーゴーダーの子の尊者バッディヤは、林に赴いてもまた、木の根元に赴いてもまた、空家に赴いてもまた、何度となく、『ああ、安楽だ』『ああ、安楽だ』と、感興〔の言葉〕を唱えました。尊き方よ、まさに、疑いなく、カーリーゴーダーの子の尊者バッディヤは、喜ぶことなく、梵行を歩んでいます。彼が、かつて在家の者としてあったときの、王としての楽しみがあるので、彼は、それを思い浮かべつつ、林に赴いてもまた、木の根元に赴いてもまた、空家に赴いてもまた、何度となく、『ああ、安楽だ』『ああ、安楽だ』と、感興〔の言葉〕を唱えたのです」と。

 まさに、世尊は、或るひとりの比丘に語りかけました。「比丘よ、さあ、あなたは、わたしの言葉でもって、バッディヤ比丘に語りかけなさい。『友よ、バッディヤよ、教師が、あなたに語りかけます(あなたを呼んでいます)』」と。

 「尊き方よ、わかりました」と、まさに、その比丘は、世尊に答えて、カーリーゴーダーの子の尊者バッディヤのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、カーリーゴーダーの子の尊者バッディヤに、こう言いました。「友よ、バッディヤよ、教師が、あなたに語りかけます」と。「友よ、わかりました」と、まさに、カーリーゴーダーの子の尊者バッディヤは、その比丘に答えて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、カーリーゴーダーの子の尊者バッディヤに、世尊は、こう言いました。

 「バッディヤよ、本当に、たしかに、あなたは、林に赴いてもまた、木の根元に赴いてもまた、空家に赴いてもまた、何度となく、『ああ、安楽だ』『ああ、安楽だ』と、感興〔の言葉〕を唱えたのですか」と。「尊き方よ、そのとおりです」と。

 「バッディヤよ、では、あなたは、どのような義(道理)たる所以を正しく見ながら、林に赴いてもまた、木の根元に赴いてもまた、空家に赴いてもまた、何度となく、『ああ、安楽だ』『ああ、安楽だ』と、感興〔の言葉〕を唱えたのですか」と。「尊き方よ、わたしが、かつて在家の者としてあったときには、王権を振るいつつ、宮殿の内もまた、警護はしっかりと施され、宮殿の外もまた、警護はしっかりと施され、城市の内もまた、警護はしっかりと施され、城市の外もまた、警護はしっかりと施され、地方の内もまた、警護はしっかりと施され、地方の外もまた、警護はしっかりと施されていました。尊き方よ、〔まさに〕その、わたしは、まさに、このように警護され、保護されていたのですが、疲れ、恐れ、怯え、疑いある者として、恐れある者として、住していました。尊き方よ、ですが、まさに、わたしは、今現在、林に赴いてもまた、木の根元に赴いてもまた、空家に赴いてもまた、独りでありながら、恐れず、怯えず、疑いなく、恐れなく、思い入れ少なく、落ち着いていて、他者の施しで生活する者となり、鹿に成ったかの〔穏やかな〕心で住しています。尊き方よ、まさに、わたしは、この義(道理)たる所以を正しく見ながら、林に赴いてもまた、木の根元に赴いてもまた、空家に赴いてもまた、何度となく、『ああ、安楽だ』『ああ、安楽だ』と、感興〔の言葉〕を唱えたのです」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「彼に、諸々の怒り〔の思い〕が、〔心の〕内から存在しないなら、しかして、〔彼は〕かく有り〔かく〕無し〔の思い〕を超克した者であり、恐怖〔の思い〕を離れ去った、安楽で憂いなき彼を、天〔の神々〕たちは、見ようとして適わない(神を超えた存在である)」と。


 〔以上が〕第十〔の経〕となる。


 ムチャリンダの章が、第二となる。


 その〔章〕のための、摂頌となる。


 〔しかして、詩偈に言う〕「ムチャリンダ、王、棒とともに、尊敬、および、在俗信者とともに、妊婦、および、独り子、スッパヴァーサー、および、ヴィサーカー、カーリーゴーダーのバッディヤ、〔それらの十がある〕」と。


3 ナンダの章


3.1 行為の報いから生じるものの経(21)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティ(舎衛城)に住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地(祇園精舎)において。さて、まさに、その時、或るひとりの比丘が、世尊から遠く離れていないところで、結跏(両足を交差する坐法)を組んで、身体を真っすぐに立てて、過去の行為の報い(業報)から生じる、強烈で、荒々しく、辛辣な、苦痛の感受を耐え忍びながら、気づきと正知の者として、打ちのめされることなく、坐っていたのです。

 まさに、世尊は、その比丘が、遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、過去の行為の報いから生じる、強烈で、荒々しく、辛辣な、苦痛の感受を耐え忍びながら、気づきと正知の者として、打ちのめされることなく、坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「一切の行為(業)を捨棄する比丘にとって、過去に作った塵を〔常に〕払い落としている者にとって、我執なく〔心が〕安立“あんりゅう”したそのような者にとって、人と話をする義(必要)は存在しない(無意味な話はしない)」と。


 〔以上が〕第一〔の経〕となる。


3.2 ナンダの経(22)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、世尊とは兄弟(異母弟)でもあれば叔母の子(従兄弟)でもある尊者ナンダが、大勢の比丘たちに、このように告げます。「友よ、わたしは、喜ぶことなく、梵行(禁欲清浄行)を歩んでいます。梵行を保つことができないのです。学びを拒んで、下劣なところへと逆戻りすることになるでしょう(戒を捨てて還俗します)」と。

 そこで、まさに、或るひとりの比丘が、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、その比丘は、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、世尊とは兄弟でもあれば叔母の子でもある尊者ナンダが、大勢の比丘たちに、このように告げます。『友よ、わたしは、喜ぶことなく、梵行を歩んでいます。梵行を保つことができないのです。学びを拒んで、下劣なところへと逆戻りすることになるでしょう』」と。

 そこで、まさに、世尊は、或るひとりの比丘に語りかけました。「比丘よ、さあ、あなたは、わたしの言葉でもって、ナンダ比丘に語りかけなさい。『友よ、ナンダよ、教師が、あなたに語りかけます(あなたを呼んでいます)』」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、その比丘は、世尊に答えて、尊者ナンダのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者ナンダに、こう言いました。「友よ、ナンダよ、教師が、あなたに語りかけます」と。

 「友よ、わかりました」と、まさに、尊者ナンダは、その比丘に答えて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者ナンダに、世尊は、こう言いました。

 「ナンダよ、本当に、たしかに、あなたは、大勢の比丘たちに、このように告げたのですか。『友よ、わたしは、喜ぶことなく、梵行を歩んでいます。梵行を保つことができないのです。学びを拒んで、下劣なところへと逆戻りすることになるでしょう』」と。「尊き方よ、そのとおりです」と。

 「ナンダよ、では、どうして、あなたは、喜ぶことなく、梵行を歩んでいるのですか。梵行を保つことができないのですか。学びを拒んで、下劣なところへと逆戻りすることになるのですか」と。「尊き方よ、わたしが家を出るとき、釈迦〔族〕のジャナパダカルヤーニー(尊者ナンダの許嫁で釈迦族一の美人)が、半分に梳いた髪で振り返って、わたしに、こう言いまいた。『旦那さま、まさに、早く帰ってこられますように』と。尊き方よ、まさに、それで、わたしは、彼女のことを思い浮かべながら、喜ぶことなく、梵行を歩んでいます。梵行を保つことができないのです。学びを拒んで、下劣なところへと逆戻りすることになるでしょう」と。

 そこで、まさに、世尊は、尊者ナンダの腕を掴んで、それは、たとえば、また、まさに、力のある人が、あるいは、曲げた腕を伸ばすかのように、あるいは、伸ばした腕を曲げるかのように、まさしく、このように、ジェータ林から消没し、三十三天に出現しました。

 さて、まさに、その時、五百ばかりの仙女たちが、天〔の神々〕たちの長である帝釈〔天〕の奉仕にやってきたのです。カクタパーダ(鳩の足)〔という名の仙女〕たちです。そこで、まさに、世尊は、尊者ナンダに語りかけました。「ナンダよ、あなたは、これらの五百の仙女カクタパーダたちが見えないのですか」と。「尊き方よ、このとおりです(見えます)」と。

 「ナンダよ、それを、どう思いますか。いったい、まさに、どちらの者が、あるいは、より形姿麗しき者であり、あるいは、より見られるべき者であり、あるいは、より清らかな者でしょうか――あるいは、〔それは〕釈迦〔族〕のジャナパダカルヤーニーでしょうか、あるいは、〔それは〕これらの五百の仙女カクタパーダたちでしょうか」と。「尊き方よ、それは、たとえば、また、耳鼻を切断され〔手足を〕損傷した雌猿のように、尊き方よ、まさしく、このように、まさに、釈迦〔族〕のジャナパダカルヤーニーは、これらの五百の仙女たちと比べて、数にもまたならず、十六分の一にもまたならず、比較にもまたなりません。ですから、まさに、これらの五百の仙女たちが、まさしく、より形姿麗しき者たちでもあれば、より見られるべき者たちでもあり、より清らかな者たちでもあります」と。

 「ナンダよ、喜びなさい。ナンダよ、喜びなさい。わたしは、あなたのために、五百の仙女カクダパーダたちを獲得するための保証人になります」と。「尊き方よ、それでは、もし、わたしのために、世尊が、五百の仙女カクダパーダたちを獲得するための保証人になっていただけるなら、尊き方よ、わたしは、世尊のもとで梵行を喜びます(修行に励みます)」と。

 そこで、まさに、世尊は、尊者ナンダの腕を掴んで、それは、たとえば、また、まさに、力のある人が、あるいは、曲げた腕を伸ばすかのように、あるいは、伸ばした腕を曲げるかのように、まさしく、このように、三十三天から消没し、ジェータ林に出現しました。

 まさに、比丘たちは、「世尊とは兄弟でもあれば叔母の子でもある尊者ナンダが、どうやら、仙女たちを因として、梵行を歩むらしい。世尊が、どうやら、彼のために、五百の仙女カクダパーダを獲得するための保証人になるらしい」と耳にしました。

 そこで、まさに、尊者ナンダの仲間の比丘たちは、尊者ナンダのことを、「雇われ人」という言葉やら「商売人」という言葉やらで呼び慣わします。「尊者ナンダは、どうやら、雇われ人らしい。尊者ナンダは、どうやら、商売人らしい。仙女たちを因として、梵行を歩むらしい。世尊は、どうやら、彼のために、五百の仙女カクダパーダを獲得するための保証人になるらしい」と。

 そこで、まさに、尊者ナンダは、仲間の比丘たちの「雇われ人」という言葉やら「商売人」という言葉やらで、苦悩し、自責し、忌避しつつ、独り、〔人々から〕遠離し、〔気づきを〕怠らず、熱情ある者となり、自己を〔刻苦〕精励する者として住していると、まさしく、長からずして、その義(目的)のために、良家の子息たちが、まさしく、正しく、家から家なきへと出家する、〔まさに〕その〔義〕である、無上のものを、梵行の終了を、まさしく、〔現に見られる〕所見の法(現法:現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みました。「生は滅尽し、梵行は完成された。為すべきことは為された。ここにあることのために、他〔の為すべきこと〕はない」と、証知しました。そして、まさに、尊者ナンダは、阿羅漢たちのなかの或るひとりと成りました。

 そこで、まさに、或るどこかの天神が、夜が更けると、見事な色艶となり、全面あまねくジェータ林を照らして、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に立ちました。一方に立った、まさに、その天神は、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、世尊とは兄弟でもあれば叔母の子でもある尊者ナンダは、諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なき〔境地〕を、心による解脱を、知慧(般若・慧)による解脱を、まさしく、〔現に見られる〕所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みます」と。世尊にもまた、まさに、知恵(智)が生起しました。「ナンダは、諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なき〔境地〕を、心による解脱を、知慧による解脱を、まさしく、〔現に見られる〕所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住む」と。

 そこで、まさに、尊者ナンダは、その夜が明けて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者ナンダは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、わたしのために、世尊は、五百の仙女カクダパーダたちを獲得するための保証人になられておられるわけすが、尊き方よ、わたしは、世尊を、この承諾から解き放ちます(なかったことにしてください)」と。「ナンダよ、わたしもまた、まさに、心をとおして、心を探知して、あなたのことを知りましたよ。『ナンダは、諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なき〔境地〕を、心による解脱を、知慧による解脱を、まさしく、〔現に見られる〕所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住む』と。天神もまた、わたしに、この義(道理)を告げました。『尊き方よ、世尊とは兄弟でもあれば叔母の子でもある尊者ナンダは、諸々の煩悩の滅尽あることから、煩悩なき〔境地〕を、心による解脱を、知慧による解脱を、まさしく、〔現に見られる〕所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みます』と。ナンダよ、まさに、あなたのばあい、〔何ものをも〕執取せずして、心は、諸々の煩悩から解脱したのですが、まさしく、それで、そのとき、わたしは、この承諾から解き放たれたのです」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「彼が、〔貪欲の〕汚泥を超え出て、欲望の荊“いばら”を踏み敷いたなら、迷妄の滅尽(無知の消滅)を獲得した〔彼〕は、諸々の楽苦にたいし、動じることがない。彼は、比丘である」と。


 〔以上が〕第二〔の経〕となる。


3.3 ヤソージャの経(23)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、ヤソージャを頂とする五百ばかりの比丘たちが、世尊と相見えるために、サーヴァッティに到着したのです。ここに、まさに、それらの来客の比丘たちは、在住の比丘たちと共に〔今回の出会いを〕喜び合いつつ、諸々の臥坐所を設置しつつ、諸々の鉢と衣料を処理しつつ、〔むやみやたらと〕高い声をあげ、大きな音をたてるのでした。

 そこで、まさに、世尊は、尊者アーナンダに語りかけました。「アーナンダよ、さてまた、漁師たちが魚を獲っているかと思うような、高い声をあげ、大きな音をたてる、これらの者たちは、誰なのですか」と。「尊き方よ、これらの者たちは、ヤソージャを頂とする五百ばかりの比丘たちで、世尊と相見えるために、サーヴァッティに到着したのです。それで、これらの来客の比丘たちは、在住の比丘たちと共に〔今回の出会いを〕喜び合いつつ、諸々の臥坐所を設置しつつ、諸々の鉢と衣料を処理しつつ、〔むやみやたらと〕高い声をあげ、大きな音をたてるのです」と。「アーナンダよ、それでは、まさに、わたしの言葉でもって、それらの比丘たちに語りかけなさい。『教師が、尊者たちに語りかけます(呼んでいます)』」と。 

 「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者アーナンダは、世尊に答えて、それらの比丘たちのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、それらの比丘たちに、こう言いました。「教師が、尊者たちに語りかけます」と。「友よ、わかりました」と、まさに、それらの比丘たちは、尊者アーナンダに答えて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちに、世尊は、こう言いました。

 「比丘たちよ、いったい、どうして、あなたたちは、漁師たちが魚を獲っているかと思うような、高い声をあげ、大きな音をたてるのですか」と。このように言われたとき、尊者ヤソージャは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、これらの五百ばかりの比丘たちは、世尊と相見えるために、サーヴァッティに到着したのです。それで、これらの来客の比丘たちは、在住の比丘たちと共に〔今回の出会いを〕喜び合いつつ、諸々の臥坐所を設置しつつ、諸々の鉢と衣料を処理しつつ、〔むやみやたらと〕高い声をあげ、大きな音をたてるのです」と。「比丘たちよ、行きなさい(去りなさい)。あなたたちを追い出します。あなたたちは、わたしの現前に住すべきではありません」と。

 「尊き方よ、わかりました」と、まさに、それらの比丘たちは、世尊に答えて、坐から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、臥坐所をたたんで、鉢と衣料を取って、ヴァッジー〔国〕のあるところに、そこへと遊行〔の旅〕に出ました。ヴァッジー〔国〕では、順次に遊行〔の旅〕を歩みながら、ヴァッグムダー川のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、ヴァッグムダー川の岸辺に、諸々の草庵を作って、雨期〔の滞在〕に入りました。

 そこで、まさに、雨期〔の滞在〕に入った尊者ヤソージャは、比丘たちに語りかけました。「友よ、世尊は、〔わたしたちの〕義(利益)を欲し、〔わたしたちの〕益を求め、慈しみの者として、慈しみを抱かれて、わたしたちを追い出したのです。友よ、さあ、わたしたちが〔雨期を〕住していると、世尊が、わが意を得た者となられるように、そのように、わたしたちは、〔雨期の〕住を営むのです」と。「友よ、わかりました」と、まさに、それらの比丘たちは、尊者ヤソージャに答えました。そこで、まさに、それらの比丘たちは、〔人々から〕遠離し、〔気づきを〕怠らず、熱情ある者たちとなり、自己を〔刻苦〕精励する者たちとして住していると、まさしく、その雨期の間に、まさしく、全ての者が、三つの明知(三明:宿命通・天眼通・漏尽通)を実証しました。

 そこで、まさに、世尊は、サーヴァッティにおいて、喜びのままに住して〔そののち〕、ヴェーサーリー〔市〕のあるところに、そこへと遊行〔の旅〕に出ました。順次に遊行〔の旅〕を歩みながら、ヴェーサーリー〔市〕のあるところに、そこへと至り着きました。そこで、まさに、世尊は、ヴェーサーリーに住しておられます。マハー林の二階建て堂舎(重閣講堂)において。

 そこで、まさに、世尊は、〔自らの〕心をとおして、ヴァッグムダー〔川〕の岸辺にいる比丘たちの心を探知して、〔彼らに〕意“おもい”を為して、尊者アーナンダに語りかけました。「アーナンダよ、わたしには、この方角が、光りを生じたかのように〔見えます〕。アーナンダよ、わたしには、この方角が、輝きを生じたかのように〔見えます〕。ヴァッグムダー〔川〕の岸辺にいる比丘たちが住している、〔まさに〕その方角においてです。〔そこに〕赴くことも、〔そこに〕意を為すことも、わたしにとって、〔けっして〕嫌なことではありませんでした。アーナンダよ、あなたは、ヴァッグムダー〔川〕の岸辺にいる比丘たちの現前に使者を送るのです。『教師が、尊者たちに語りかけます(あなたを呼んでいます)。教師が、尊者たちと相見えることを欲しています』」と。

 「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者アーナンダは、世尊に答えて、或るひとりの比丘のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、その比丘に、こう言いました。「友よ、さあ、あなたは、ヴァッグムダー〔川〕の岸辺にいる比丘たちのところに、そこへと近づいて行きなさい。近づいて行って、ヴァッグムダー〔川〕の岸辺にいる比丘たちに、このように言いなさい。『教師が、尊者たちに語りかけます。教師が、尊者たちと相見えることを欲しています』」と。

 「友よ、わかりました」と。まさに、その比丘は、尊者アーナンダに答えて、それは、たとえば、また、まさに、力のある人が、あるいは、曲げた腕を伸ばすかのように、あるいは、伸ばした腕を曲げるかのように、まさしく、このように、マハー林の二階建て堂舎から消没し、ヴァッグムダー川の岸辺にいるそれらの比丘たちの前に出現しました。そこで、まさに、その比丘は、ヴァッグムダー〔川〕の岸辺にいる比丘たちに、こう言いました。「教師が、尊者たちに語りかけます。教師が、尊者たちと相見えることを欲しています」と。

 「友よ、わかりました」と。まさに、それらの比丘たちは、その比丘に答えて、臥坐所をたたんで、鉢と衣料を取って、それは、たとえば、また、まさに、力のある人が、あるいは、曲げた腕を伸ばすかのように、あるいは、伸ばした腕を曲げるかのように、まさしく、このように、ヴァッグムダー川の岸辺から消没し、マハー林の二階建て堂舎におられる世尊の面前に出現しました。さて、まさに、その時、世尊は、不動の〔心の〕統一によって坐しておられたのです。そこで、まさに、それらの比丘たちは、こう思いました。「まさに、世尊は、今現在、どのような住(状態)によって住しているのだろう」と。そこで、まさに、それらの比丘たちは、こう思いました。「まさに、世尊は、今現在、不動の住によって住している」と。まさしく、全ての者が、〔世尊と同じく〕不動の〔心の〕統一によって坐しました。

 そこで、まさに、尊者アーナンダは、夜が更け、初更(宵の内)を過ぎると、坐から立ち上がって、一つの肩に上衣を掛けて、世尊のおられるところに、そこへと合掌を手向けて、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、夜が更け、初更を過ぎました。来客の比丘たちは、長らく坐しています。尊き方よ、世尊よ、来客の比丘たちと、〔今回の来訪を〕喜び合ってください」と。このように言われたとき、世尊は、沈黙したままでした。

 再度また、まさに、尊者アーナンダは、夜が更け、中更(真夜中)を過ぎると、坐から立ち上がって、一つの肩に上衣を掛けて、世尊のおられるところに、そこへと合掌を手向けて、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、夜が更け、中更を過ぎました。来客の比丘たちは、長らく坐しています。尊き方よ、世尊よ、来客の比丘たちと、〔今回の来訪を〕喜び合ってください」と。このように言われたとき、再度また、まさに、世尊は、沈黙したままでした。

 三度また、まさに、尊者アーナンダは、夜が更け、後更(明け方)を過ぎると、坐から立ち上がって、一つの肩に上衣を掛けて、世尊のおられるところに、そこへと合掌を手向けて、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、夜が更け、後更を過ぎました。来客の比丘たちは、長らく坐しています。尊き方よ、世尊よ、来客の比丘たちと、〔今回の来訪を〕喜び合ってください」と。

 そこで、まさに、世尊は、その〔心の〕統一から出起して、尊者アーナンダに語りかけました。「アーナンダよ、それで、もし、まさに、あなたが、たとえ、これだけでも知っているなら、あなたに答えなくてもいいのですが。アーナンダよ、わたしと、これらの五百の比丘たちと、まさしく、全ての者が、不動の〔心の〕統一によって坐していました」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「彼が、罵倒と、殴打と、結縛と、欲望の荊に勝利したなら、彼は、山のように安立し、〔心が〕不動で、諸々の楽苦にたいし、動じることがない。彼は、比丘である」と。


 〔以上が〕第三〔の経〕となる。


3.4 サーリプッタの経(24)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者サーリプッタが、世尊から遠く離れていないところで、結跏(両足を交差する坐法)を組んで、身体を真っすぐに立てて、全面に気づきを現起させて、坐っていたのです。まさに、世尊は、尊者サーリプッタが、遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、全面に気づきを現起させて、坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「また、山の巌“いわお”が、動揺せず、しっかりと確立しているように、このように、迷妄の滅尽あることから、比丘は、山のように、動じることがない」と。


 〔以上が〕第四〔の経〕となる。


3.5 マハーモッガッラーナの経(25)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者マハーモッガッラーナが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、身体の在り方についての気づきが内にしっかりと現起され、坐っていたのです。まさに、世尊は、尊者マハーモッガッラーナが、遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、身体の在り方についての気づきが内にしっかりと現起され、坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「身体の在り方についての気づきが現起され、六つの接触の場所(眼・耳・鼻・舌・身・意)において〔自己が〕統御され、常に〔心が〕定められた比丘は、自己の涅槃を知るであろう」と。


 〔以上が〕第五〔の経〕となる。


3.6 ピリンダヴァッチャの経(26)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ラージャガハ(王舎城)に住しておられます。ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)において。さて、まさに、その時、尊者ピリンダヴァッチャが、比丘たちのことを、「賤民」という言葉で呼び慣わします。そこで、まさに、大勢の比丘たちは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、尊者ピリンダヴァッチャが、比丘たちのことを、『賤民』という言葉で呼び慣わします」と。

 そこで、まさに、世尊は、或るひとりの比丘に語りかけました。「比丘よ、さあ、あなたは、わたしの言葉でもって、ピリンダヴァッチャ比丘に語りかけなさい。『友よ、ピリンダヴァッチャよ、教師が、あなたに語りかけます(あなたを呼んでいます)』」と。「尊き方よ、わかりました」と。まさに、その比丘は、世尊に答えて、尊者ピリンダヴァッチャのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者ピリンダヴァッチャに、こう言いました。「友よ、ピリンダヴァッチャよ、教師が、あなたに語りかけます」と。

 「友よ、わかりました」と。まさに、尊者ピリンダヴァッチャは、その比丘に答えて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者ピリンダヴァッチャに、世尊は、こう言いました。「ヴァッチャよ、本当に、たしかに、あなたは、比丘たちのことを、『賤民』という言葉で呼び慣わしたのですか」と。「尊き方よ、そのとおりです」と。

 そこで、まさに、世尊は、尊者ピリンダヴァッチャの過去の居住(前世)に意を為して、比丘たちに語りかけました。「比丘たちよ、まさに、あなたたちは、ヴァッチャ比丘を譴責してはいけません。比丘たちよ、ヴァッチャは、怒りを内にして、比丘たちのことを、『賤民』という言葉で呼び慣わすのではありません。比丘たちよ、ヴァッチャ比丘の五百の生が、途切れることなく、婆羅門の家系に生まれ落ちたのです。〔まさに〕その、彼の『賤民』という言葉は、長夜にわたり、呼び慣わされてきたものです。それで、このヴァッチャは、比丘たちのことを、『賤民』という言葉で呼び慣わすのです」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「彼のうちに、幻想“ごまかし”が住みつかず、思量“おもいあがり”が〔住みつか〕ないなら――彼が、貪欲を離れ、我執なく、願望なく、忿怒を除き、自己が寂滅した者であるなら――彼は、婆羅門である――彼は、沙門である――彼は、比丘である」と。


 〔以上が〕第六〔の経〕となる。


3.7 帝釈〔天〕の布施の経(27)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ラージャガハに住しておられます。ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパにおいて。さて、まさに、その時、尊者マハーカッサパは、ピッパリ窟に住しておられます。七日のあいだ、結跏一つで坐しておられたのです。或る一つの〔心の〕統一に入定して。そこで、まさに、尊者マハーカッサパは、その七日が過ぎて、その〔心の〕統一から出起しました。そこで、まさに、尊者マハーカッサパは、その〔心の〕統一から出起したとき、こう思いました。「それなら、さあ、わたしは、ラージャガハに〔行乞の〕食のために入ろうか」と。

 さて、まさに、その時、五百ばかりの天神たちが、〔法ならざる余計な〕思い入れを起こしたのです。尊者マハーカッサパが、〔行乞の〕施食を得ることに。そこで、まさに、尊者マハーカッサパは、それらの五百ばかりの天神たち〔の法ならざる施し〕を拒絶して、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、ラージャガハに〔行乞の〕食のために入りました。

 さて、まさに、その時、天〔の神々〕たちの長である帝釈〔天〕は、尊者マハーカッサパに〔行乞の〕施食を施すことを欲し、機織職人の姿に化作して、機を織ります。阿修羅の娘のスジャー(帝釈天の妻)は、梭“ひ”(シャトル)を〔糸で〕満たします。そこで、まさに、尊者マハーカッサパは、ラージャガハを歩々淡々と〔行乞の〕食のために歩みながら、天〔の神々〕たちの長である帝釈〔天〕の住居のあるところに、そこへと近づいて行きました。まさに、天〔の神々〕たちの長である帝釈〔天〕は、尊者マハーカッサパが、はるか遠くからやってくるのを見ました。見て、家から出て〔尊者を〕出迎えて、手から鉢を収め取って、家に入って櫃から飯を取り出して、鉢を満たして、尊者マハーカッサパに施しました。その〔行乞の〕施食は、無数の汁があり、無数の香味があり、無数の味と香味があったのです。そこで、まさに、尊者マハーカッサパは、こう思いました。「彼に、このような形の、この神通の威力があるとは、まさに、この有情は、いったい、誰なのか」と。そこで、まさに、尊者マハーカッサパは、こう思いました。「まさに、この者は、天〔の神々〕たちの長である帝釈〔天〕だ」と。かくのごとく知って、天〔の神々〕たちの長である帝釈〔天〕に、こう言いました。「コーシヤ(帝釈天)さん、まさに、これは、あなたが為したことですね。二度ともう、このような形のことを為してはいけません」と。「尊き方よ、カッサパよ、わたしたちにとってもまた、功徳〔を積むこと〕が、義(必要)となります。わたしたちにとってもまた、功徳〔を積むこと〕が、義務となります」と。

 そこで、まさに、天〔の神々〕たちの長である帝釈〔天〕は、尊者マハーカッサパを敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、宙に舞い上がって、虚空において、空中において、三回、感興〔の言葉〕を唱えました。「ああ、布施が、最高の布施が、カッサパにおいて見事に確立した」「ああ、布施が、最高の布施が、カッサパにおいて見事に確立した」「ああ、布施が、最高の布施が、カッサパにおいて見事に確立した」と。まさに、世尊は、人間を超越した清浄の天耳の界域によって、天〔の神々〕たちの長である帝釈〔天〕が、宙に舞い上がって、虚空において、空中において、三回、感興〔の言葉〕を唱えているのを聞きました。「ああ、布施が、最高の布施が、カッサパにおいて見事に確立した」「ああ、布施が、最高の布施が、カッサパにおいて見事に確立した」「ああ、布施が、最高の布施が、カッサパにおいて見事に確立した」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「〔行乞の〕施食の者(托鉢行者)として自己を養い、他者からの扶養なき比丘(自主独立の自己確立者)――寂静にして常に気づきある者――そのような者を、天〔の神々〕たちは羨む」と。


 〔以上が〕第七〔の経〕となる。


3.8 〔行乞の〕施食の者の経(28)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、カレーリの円形堂に集まって坐っている、大勢の比丘たちに、この〔暇つぶしの〕合間の議論が起こりました。

 「友よ、〔行乞の〕施食の者(托鉢で得られた食だけで生きる者)として、比丘が、〔行乞の〕食のために歩んでいると、時々において、諸々の意に適う形を、眼で見ることを得ます。時々において、諸々の意に適う音を、耳で聞くことを得ます。時々において、諸々の意に適う臭いを、鼻で嗅ぐことを得ます。時々において、諸々の意に適う味を、舌で味わうことを得ます。時々において、諸々の意に適う感触を、身で接触することを得ます。友よ、〔行乞の〕施食の者として、比丘は、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、〔行乞の〕食のために歩みます。友よ、さあ、わたしたちもまた、〔行乞の〕施食の者と成るのです。わたしたちもまた、時々において、諸々の意に適う形を、眼で見ることを得るのです。わたしたちもまた、時々において、諸々の意に適う音を、耳で聞くことを得るのです。わたしたちもまた、時々において、諸々の意に適う臭いを、鼻で嗅ぐことを得るのです。わたしたちもまた、時々において、諸々の意に適う味を、舌で味わうことを得るのです。わたしたちもまた、時々において、諸々の意に適う感触を、身で接触することを得るのです。わたしたちもまた、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、〔行乞の〕食のために歩むのです」と。それでも、それらの比丘たちの、この〔暇つぶしの〕合間の議論は終わることがなかったのです。

 そこで、まさに、世尊は、夕刻時に、坐禅から出起され、カレーリの円形堂のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、設けられた坐に坐られました。坐られて、まさに、世尊は、比丘たちに語りかけました。「比丘たちよ、ここで、今現在、いったい、どのような議論のために、集まって坐っているのですか。そして、また、終わることがなかった、あなたたちの〔暇つぶしの〕合間の議論とは、どのようなものですか」と。

 「尊き方よ、ここで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、カレーリの円形堂に集まって坐っている、わたしたちに、この〔暇つぶしの〕合間の議論が起こりました。

 『友よ、〔行乞の〕施食の者として、比丘が、〔行乞の〕食のために歩んでいると、時々において、諸々の意に適う形を、眼で見ることを得ます。時々において、諸々の意に適う音を、耳で聞くことを得ます。時々において、諸々の意に適う臭いを、鼻で嗅ぐことを得ます。時々において、諸々の意に適う味を、舌で味わうことを得ます。時々において、諸々の意に適う感触を、身で接触することを得ます。友よ、〔行乞の〕施食の者として、比丘は、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、〔行乞の〕食のために歩みます。友よ、さあ、わたしたちもまた、〔行乞の〕施食の者となるのです。わたしたちもまた、時々において、諸々の意に適う形を、眼で見ることを……略……感触を、身で接触することを得るのです。わたしたちもまた、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、〔行乞の〕食のために歩むのです』と。尊き方よ、まさに、これが、終わることがなかった、わたしたちの〔暇つぶしの〕合間の議論です。そのとき、世尊がおいでになったのです」と。

 「比丘たちよ、良家の子息たちとして、信によって家から家なきへと出家した、あなたたちにとって、まさに、このことは、ふさわしいことではありません。すなわち、あなたたちが、このような形の議論を議論することです。比丘たちよ、あなたたちが集まったときには、二つの為すべきことがあります――あるいは、法(教え)の議論であるか、あるいは、聖なる沈黙の状態であるか、です」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「〔行乞の〕施食の者として自己を養い、他者からの扶養なき比丘――もし、〔彼が、獲得した〕評判と名声に依存する者でないなら――そのような者を、天〔の神々〕たちは羨む」と。


 〔以上が〕第八〔の経〕となる。


3.9 技能の経(29)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、円形堂に集まって坐っている、大勢の比丘たちに、この〔暇つぶしの〕合間の議論が起こりました。「友よ、いったい、まさに、誰が、技能を知っているのだろう。誰が、どのような技能を、学んでいるのだろう。諸々の技能のなかでは、どの技能が、至高のものとなるのだろう」と。

 そこで、一部のたちは、このように言いました。「諸々の技能のなかでは、象の技能が、至高のものとなる」と。一部の者たちは、このように言いました。「諸々の技能のなかでは、馬の技能が、至高のものとなる」と。一部の者たちは、このように言いました。「諸々の技能のなかでは、車の技能が、至高のものとなる」と。一部の者たちは、このように言いました。「諸々の技能のなかでは、弓の技能が、至高のものとなる」と。一部の者たちは、このように言いました。「諸々の技能のなかでは、剣の技能が、至高のものとなる」と。一部の者たちは、このように言いました。「諸々の技能のなかでは、暗算の技能が、至高のものとなる」と。一部の者たちは、このように言いました。「諸々の技能のなかでは、計算の技能が、至高のものとなる」と。一部の者たちは、このように言いました。「諸々の技能のなかでは、数学の技能が、至高のものとなる」と。一部の者たちは、このように言いました。「諸々の技能のなかでは、書写の技能が、至高のものとなる」と。一部の者たちは、このように言いました。「諸々の技能のなかでは、詩作の技能が、至高のものとなる」と。一部の者たちは、このように言いました。「諸々の技能のなかでは、処世の技能が、至高のものとなる」と。一部の者たちは、このように言いました。「諸々の技能のなかでは、政治学の技能が、至高のものとなる」と。それでも、それらの比丘たちの、この〔暇つぶしの〕合間の議論は終わることがなかったのです。

 そこで、まさに、世尊は、夕刻時に、坐禅から出起され、円形堂のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、設けられた坐に坐られました。坐られて、まさに、世尊は、比丘たちに語りかけました。「比丘たちよ、ここで、今現在、いったい、どのような議論のために、集まって坐っているのですか。そして、また、終わることがなかった、あなたたちの〔暇つぶしの〕合間の議論とは、どのようなものですか」と。

 「尊き方よ、ここで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、円形堂に集まって坐っている、わたしたちに、この〔暇つぶしの〕合間の議論が起こりました。『友よ、いったい、まさに、誰が、技能を知っているのだろう。誰が、どのような技能を、学んでいるのだろう。諸々の技能のなかでは、どの技能が、至高のものとなるのだろう』と。

 そこで、一部の者たちは、このように言いました。『諸々の技能のなかでは、象の技能が、至高のものとなる』と。一部の者たちは、このように言いました。『諸々の技能のなかでは、馬の技能が、至高のものとなる』と。一部の者たちは、このように言いました。『諸々の技能のなかでは、車の技能が、至高のものとなる』と。一部の者たちは、このように言いました。『諸々の技能のなかでは、弓の技能が、至高のものとなる』と。一部の者たちは、このように言いました。『諸々の技能のなかでは、剣の技能が、至高のものとなる』と。一部の者たちは、このように言いました。『諸々の技能のなかでは、暗算の技能が、至高のものとなる』と。一部の者たちは、このように言いました。『諸々の技能のなかでは、計算の技能が、至高のものとなる』と。一部の者たちは、このように言いました。『諸々の技能のなかでは、数学の技能が、至高のものとなる』と。一部の者たちは、このように言いました。『諸々の技能のなかでは、書写の技能が、至高のものとなる』と。一部の者たちは、このように言いました。『諸々の技能のなかでは、詩作の技能が、至高のものとなる』と。一部の者たちは、このように言いました。『諸々の技能のなかでは、処世の技能が、至高のものとなる』と。一部の者たちは、このように言いました。『諸々の技能のなかでは、政治学の技能が、至高のものとなる』と。尊き方よ、まさに、これが、終わることがなかった、わたしたちの〔暇つぶしの〕合間の議論です。そのとき、世尊がおいでになったのです」と。

 「比丘たちよ、良家の子息たちとして、信によって家から家なきへと出家した、あなたたちにとって、まさに、このことは、ふさわしいことではありません。すなわち、あなたたちが、このような形の議論を議論することです。比丘たちよ、あなたたちが集まったときには、二つの為すべきことがあります――あるいは、法(教え)の議論であるか、あるいは、聖なる沈黙の状態であるか、です」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「技能によって生きる者ではなく、〔心が〕軽やかで、義(道理)を欲する者――〔感官の〕機能を制し、一切所において解脱した者――家なくして行き、我執なく、願望なく、思量を捨棄して、独り歩む者――彼は、比丘である」と。


 〔以上が〕第九〔の経〕となる。


3.10 世の経(30)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ウルヴェーラーに住しておられます。ネーランジャラー川の岸辺の菩提樹の根元において、最初の正覚者として。さて、まさに、その時、世尊は、七日のあいだ、結跏一つで坐しておられたのです。解脱の安楽の得知者として。

 そこで、まさに、世尊は、その七日が過ぎて、その〔心の〕統一から出起して、覚者の眼でもって世〔のあり様〕を顧みました。まさに、世尊は、覚者の眼でもって〔世のあり様を〕顧みつつ、有情たちが無数の熱苦によって熱せられているのを、さらには、無数の苦悶によって遍く焼かれているのを見ました。貪り(貪)から生じる諸々のものによってもまた、怒り(瞋)から生じる諸々のものによってもまた、迷い(痴)から生じる諸々のものによってもまた。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「接触(感覚)〔の快楽〕に打ち負かされ、熱苦を生じた、この世〔の人々〕は、自己みずから、〔自己の〕病を説く。まさに、あれやこれやと思い考えたところで、〔現実の〕それは、その〔思い〕とは〔常に〕他のものと成る。

 生存〔の快楽〕に執着し、生存〔の快楽〕に打ち負かされた、〔この〕世〔の人々〕は、〔自らの思うところとは常に〕他の状態になる者であり、生存〔の快楽〕だけを喜ぶ。それを、〔人が〕喜ぶなら、それは、恐れである。それを、〔人が〕恐れるなら、それは、苦しみである。しかして、まさに、〔迷いの〕生存を捨棄するために、この梵行が住される(実践される)。


 まさに、彼らが、沙門たちであろうと、婆羅門たちであろうと、誰であれ、生存(有:実体)によって〔実体的に〕生存の解脱を言ったなら、『彼らは、〔その〕一切が〔常住論者であり〕、〔迷いの〕生存から解脱していない』と〔わたしは〕説く。あるいは、また、彼らが、沙門たちであろうと、婆羅門たちであろうと、誰であれ、非生存(非有:虚無)によって〔虚無的に〕生存の出離を言ったなら、『彼らは、〔その〕一切が〔断滅論者であり〕、〔迷いの〕生存から出離していない』と〔わたしは〕説く。

 まさに、この苦しみは、〔心の〕依り所(依存の対象)を縁として発生する。一切の執取の滅尽あることから、苦しみの発生は存在しない。この世〔の人々〕を見よ。広く無明に打ち負かされた生類たちであり、生類であることに喜びある者たちであり、〔迷いの生存から〕完全に解き放たれない者たちである。まさに、諸々の生存は、それらが何であれ、一切所において、一切所たることをもって、『それらの生存は、〔その〕一切が、無常であり、苦痛であり、変化の法(性質)である』と〔わたしは説く〕。


 このように、このことを事実のとおりに、正しい知慧(般若・慧)によって〔常に〕見ていると、生存にたいする渇愛〔の思い〕は捨棄され、非生存(虚無的生き方)を喜ぶことはない。全てにわたり渇愛の滅尽あることから、残りなき離貪による止滅があり、涅槃がある。

 〔何ものをもを〕執取せずして、涅槃に到達した、その比丘にとって、さらなる〔迷いの〕生存は有りえない。悪魔は征服され、戦場は征圧された。そのような者は、一切の生存を超え行った」と。


 〔以上が〕第十〔の経〕となる。


 ナンダの章が、第三となる。


 その〔章〕のための、摂頌となる。


 〔しかして、詩偈に言う〕「行為、ナンダ、および、ヤソージャ、および、サーリプッタ、コーリタ、ピリンダ、カッサパ、〔行乞の〕食、技能、世とともに、それらの十がある」と。


4 メーギヤの章


4.1 メーギヤの経(31)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、チャーリカーに住しておられます。〔村はずれの〕チャーリカ山において。さて、まさに、その時、尊者メーギヤが、世尊の奉仕者(世話係)です。そこで、まさに、尊者メーギヤは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に立ちました。一方に立った、まさに、尊者メーギヤは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、わたしは、ジャントゥ村に〔行乞の〕食のために入ることを求めます」と。「メーギヤよ、今が、そのための時と、あなたが思うのなら〔そうしなさい〕」と。

 そこで、まさに、尊者メーギヤは、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、ジャントゥ村に〔行乞の〕食のために入りました。ジャントゥ村を〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、キミカーラー川の岸辺のところに、そこへと近づいて行きました。まさに、尊者メーギヤは、キミカーラー川の岸辺を、ゆったりとした歩調で、こちらを歩いてはあちらを歩みつつ、清らかで美しく喜ばしいアンバ林(マンゴーの果樹園)を見ました。見て、彼は、こう思いました。「まさに、これは、清らかで美しく喜ばしいアンバ林だ。まさに、この〔アンバ林〕は、〔刻苦〕精励を義(目的)とする良家の子息にとって、精励のために十分〔の場所〕だ。それで、もし、わたしのことを、世尊がお許しになるなら、わたしは、このアンバ林に、精励のために帰ってこよう」と。

 そこで、まさに、尊者メーギヤは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者メーギヤは、世尊に、こう言いました。

 「尊き方よ、ここに、わたしは、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、ジャントゥ村に〔行乞の〕食のために入りました。ジャントゥ村を〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、キミカーラー川の岸辺のところに、そこへと近づいて行きました。尊き方よ、まさに、わたしは、キミカーラー川の岸辺を、ゆったりとした歩調で、こちらを歩いてはあちらを歩みつつ、清らかで美しく喜ばしいアンバ林を見ました。見て、わたしは、こう思いました。『まさに、これは、清らかで美しく喜ばしいアンバ林だ。まさに、この〔アンバ林〕は、〔刻苦〕精励を義(目的)とする良家の子息にとって、精励のために十分〔の場所〕だ。それで、もし、わたしのことを、世尊がお許しになるなら、わたしは、このアンバ林に、精励のために帰ってこよう』と。尊き方よ、もし、わたしのことを、世尊がお許しになるなら、わたしは、そのアンバ林に、精励のために行くでしょう」と。

 このように言われたとき、世尊は、尊者メーギヤに、こう言いました。「メーギヤよ、まずは、待ちなさい。〔わたしは、いま〕独りきりです。誰かしら、他にまた、比丘がやってくるまで、それまでは」と。

 再度また、まさに、尊者メーギヤは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、〔為すべきことを為した〕世尊には、何であれ、より上なる為すべきことは存在しません。あるいは、為したことの〔より上なる〕蓄積は存在しません。尊き方よ、ですが、まさに、〔為すべきことを為していない〕わたしには、より上なる為すべきことが存在します。為したことの〔より上なる〕蓄積が存在します。それで、もし、わたしのことを、世尊がお許しになるなら、わたしは、そのアンバ林に、精励のために行くでしょう」と。再度また、まさに、世尊は、尊者メーギヤに、こう言いました。「メーギヤよ、まずは、待ちなさい。〔わたしは、いま〕独りきりです。誰かしら、他にまた、比丘がやってくるまで、それまでは」と。

 三度また、まさに、尊者メーギヤは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、世尊には、何であれ、より上なる為すべきことは存在しません。あるいは、〔為すべきことを〕為した〔世尊〕には、〔為したことのより上なる〕蓄積は存在しません。尊き方よ、ですが、まさに、わたしには、より上なる為すべきことが存在します。〔為すべきことを〕為した〔わたし〕には、〔為したことのより上なる〕蓄積が存在します。それで、もし、わたしのことを、世尊がお許しになるなら、わたしは、そのアンバ林に、精励のために行くでしょう」と。「メーギヤよ、まさに、『精励する』と説いている者に、『どうして』と説けましょう。メーギヤよ、今が、そのための時と、あなたが思うのなら〔そうしなさい〕」と。

 そこで、まさに、尊者メーギヤは、坐から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、そのアンバ林のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、そのアンバ林に深く入って行って、或るどこかの木の根元で、昼の休息のために坐しました。そこで、まさに、尊者メーギヤが、そのアンバ林において住していると、多くのところは、三つの悪しき善ならざる思考(尋)が行き交います。それ、すなわち、この――欲望の思考、加害の思考、悩害の思考が。

 そこで、まさに、尊者メーギヤは、こう思いました。「ああ、まさに、めったにないことだ。ああ、まさに、はじめてのことだ。さてまた、まさに、〔わたしたちは〕信によって家から家なきへと出家したのだ。そこで、なおかつ、また、これらの三つの悪しき善ならざる思考に取り付かれたのだ。それ、すなわち、この――欲望の思考、加害の思考、悩害の思考に」〔と〕。

 そこで、まさに、尊者メーギヤは、夕刻時に、坐禅から出起し、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者メーギヤは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、ここに、わたしが、そのアンバ林において住していると、多くのところは、三つの悪しき善ならざる思考が行き交います。それ、すなわち、この――欲望の思考、加害の思考、悩害の思考が。尊き方よ、〔まさに〕その、わたしは、こう思いました。『ああ、まさに、めったにないことだ。ああ、まさに、はじめてのことだ。さてまた、まさに、〔わたしたちは〕信によって家から家なきへと出家したのだ。そこで、なおかつ、また、これらの三つの悪しき善ならざる思考に取り付かれたのだ。それ、すなわち、この――欲望の思考、加害の思考、悩害の思考に』」〔と〕。

 「メーギヤよ、円熟なき心による解脱のばあい、五つの法(性質)が、円熟のために等しく転起します。どのようなものが、五つ〔の法〕なのでしょう。

 (1)メーギヤよ、ここに、比丘が、善き朋友と成り、善き道友と〔成り〕、善き友人と〔成るなら〕、メーギヤよ、円熟なき心による解脱のばあい、この第一の法(性質)が、円熟のために等しく転起します。

 (2)メーギヤよ、さらに、また、他に、比丘が、戒ある者と成り、戒め(波羅提木叉:戒律条項)の統御によって〔自己が〕統御された者として〔世に〕住み、〔正しい〕行状と〔正しい〕境涯を成就した者として、諸々の微量の罪について恐怖を見る者として、〔戒を〕受持して、諸々の学びの境処(戒律)において学ぶなら、メーギヤよ、円熟なき心による解脱のばあい、この第二の法(性質)が、円熟のために等しく転起します。

 (3)メーギヤよ、さらに、また、他に、比丘が、すなわち、この、謹厳なる議論――心の開顕に適当なるもののために〔等しく転起し〕、絶対的な厭離“えんり”のために〔等しく転起し〕、離貪のために〔等しく転起し〕、止滅のために〔等しく転起し〕、寂止のために〔等しく転起し〕、証知のために〔等しく転起し〕、正覚のために〔等しく転起し〕、涅槃のために等しく転起する〔謹厳なる議論〕――それは、たとえば、この、求めることが少ないこと(少欲)についての議論、満ち足りていること(知足)についての議論、〔世俗の事物から〕遠く離れていること(遠離)についての議論、〔他者と不必要に〕交わらないことについての議論、精進に励むことについての議論、戒についての議論、〔心の〕統一についての議論、知慧についての議論、解脱についての議論、解脱の知見についての議論ですが――このような形の議論において、満足を得る者と成り、難渋なきを得る者と〔成り〕、困難なきを得る者と〔成るなら〕、メーギヤよ、円熟なき心による解脱のばあい、この第三の法(性質)が、円熟のために等しく転起します。

 (4)メーギヤよ、さらに、また、他に、比丘が、精進に励む者として〔世に〕住み、諸々の善ならざる法(性質)を捨棄するために、諸々の善なる法(性質)の成就のために、強靱なる者として〔世に住み〕、堅固なる努力ある者として〔世に住み〕、諸々の善なる法(性質)において責任を放棄しない者として〔世に住むなら〕、メーギヤよ、円熟なき心による解脱のばあい、この第四の法(性質)が、円熟のために等しく転起します。

 (5)メーギヤよ、さらに、また、他に、比丘が、知慧ある者と成り、生成と滅至についての知慧を具備した者と〔成り〕、正しく苦しみの滅尽へと至る聖なる洞察を〔具備した者と成るなら〕、メーギヤよ、円熟なき心による解脱のばあい、この第五の法(性質)が、円熟のために等しく転起します。

 メーギヤよ、比丘が、善き朋友としてあり、善き道友としてあり、善き友人としてあるなら、このことが期待できます。すなわち――〔その比丘は〕戒ある者と成り、戒め(戒律条項)の統御によって〔自己が〕統御された者として〔世に〕住み、〔正しい〕行状と〔正しい〕境涯を成就した者として、諸々の微量の罪について恐怖を見る者として、〔戒を〕受持して、諸々の学びの境処(戒律)において学ぶでしょう。

 メーギヤよ、比丘が、善き朋友としてあり、善き道友としてあり、善き友人としてあるなら、このことが期待できます。すなわち――〔その比丘は〕すなわち、この、謹厳なる議論――心の開顕に適当なるもののために〔等しく転起し〕、絶対的な厭離のために〔等しく転起し〕、離貪のために〔等しく転起し〕、止滅のために〔等しく転起し〕、寂止のために〔等しく転起し〕、証知のために〔等しく転起し〕、正覚のために〔等しく転起し〕、涅槃のために等しく転起する〔謹厳なる議論〕――それは、たとえば、この、求めることが少ないことについての議論、満ち足りていることについての議論、〔世俗の事物から〕遠く離れていることについての議論、〔他者と不必要に〕交わらないことについての議論、精進に励むことについての議論、戒についての議論、〔心の〕統一についての議論、知慧についての議論、解脱についての議論、解脱の知見についての議論ですが――このような形の議論において、満足を得る者と成り、難渋なきを得る者と〔成り〕、困難なきを得る者と〔成るでしょう〕。

 メーギヤよ、比丘が、善き朋友としてあり、善き道友としてあり、善き友人としてあるなら、このことが期待できます。すなわち――〔その比丘は〕精進に励む者として〔世に〕住み、諸々の善ならざる法(性質)を捨棄するために、諸々の善なる法(性質)の成就のために、強靱なる者として〔世に住み〕、堅固なる努力ある者として〔世に住み〕、諸々の善なる法(性質)において責任を放棄しない者として〔世に住むでしょう〕。

 メーギヤよ、比丘が、善き朋友としてあり、善き道友としてあり、善き友人としてあるなら、このことが期待できます。すなわち――〔その比丘は〕知慧ある者と成り、生成と滅至についての知慧を具備した者と〔成り〕、正しく苦しみの滅尽へと至る聖なる洞察を〔具備した者と成るでしょう〕。

 メーギヤよ、なおかつ、また、その比丘によって、これらの五つの法(性質)において〔自己を〕確立して〔そののち〕、四つの法(性質)が、より上なるものとして修められるべきです。〔すなわち〕貪欲〔の思い〕を捨棄するために、(1)不浄〔の想い〕(不浄想)が修められるべきです。加害〔の思い〕を捨棄するために、(2)慈愛〔の心〕(慈悲の瞑想)が修められるべきです。思考を断ち切るために、(3)呼吸についての気づき(呼吸の瞑想)が修められるべきです。『わたしは存在する』という思量を根絶するために、(4)無常の想い(無常想)が修められるべきです。メーギヤよ、まさに、無常の想いある者には、無我の想い(無我想)が確立します。無我の想いある者は、『わたしは存在する』という思量の根絶を得ます。まさしく、〔現に見られる〕所見の法(現法:現世)において、涅槃を〔得ます〕」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「諸々の思考〔の働き〕は、微小である。諸々の思考〔の働き〕は、微細である。〔限定された〕意“おもい”に従い行き、跳ね回っている。〔限定された〕意の、これらの思考〔の働き〕を知ることなく、心が迷走している者は、あの〔世〕からあの〔世〕へと走り行く。

 しかしながら、〔限定された〕意の、これらの思考〔の働き〕を知る、熱情ある、気づきの者は、〔自己の心身を〕統御する。〔限定された〕意に従い行き、跳ね回っている、これら〔の思考の働き〕を、覚者は、残りなく捨棄した」と。


 〔以上が〕第一〔の経〕となる。


4.2 〔心が〕高揚した者の経(32)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、クシーナーラーに住しておられます。ウパヴァッタナにあるマッラ〔国〕のサーラ〔樹〕の林において。さて、まさに、その時、大勢の比丘たちが、〔心が〕高揚し、傲慢となり、動揺し、口が悪く、言葉が乱れ飛び、気づきを忘却し、正知なく、〔心が〕定められていない、混迷した心の者たちとなり、〔感官の〕機能も自然のままに〔放置し〕、世尊から遠く離れていないところで、林の小屋に住しています。

 まさに、世尊は、それらの大勢の比丘たちが、〔心が〕高揚し、傲慢となり、動揺し、口が悪く、言葉が乱れ飛び、気づきを忘却し、正知なく、〔心が〕定められていない、混迷した心の者たちとなり、〔感官の〕機能も自然のままに〔放置し〕、遠く離れていないところで、林の小屋に住しているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「身体が守られていないことで、さらには、誤った見解に打破されたことで、〔心の〕沈滞と眠気(昏沈睡眠)に征服されたことで、〔人は〕悪魔の支配に赴く。

 それゆえに、心が守られた者として、〔世に〕存するように。正しい思惟(正思惟)を境涯とする者となり、正しい見解(正見)を尊ぶ者となり、〔物事の〕生成と衰微を〔あるがままに〕知って、〔心の〕沈滞と眠気を征服する比丘は、一切の悪しき境遇(悪趣)を捨棄するであろう」と。


 〔以上が〕第二〔の経〕となる。


4.3 牛飼いの経(33)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、コーサラ〔国〕で、大勢の比丘の僧団と共に、遊行〔の旅〕を歩んでおられます。そこで、まさに、世尊は、道から外れて、或るどこかの木の根元のところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、設けられた坐に坐られました。

 そこで、まさに、或るひとりの牛飼いが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、その牛飼いに、世尊は、法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示し、受持させ、〔あるいは〕激励し、歓喜させました。

 そこで、まさに、その牛飼いは、世尊の法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示され、受持させられ、〔あるいは〕激励され、歓喜させられ、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、世尊よ、明日、わたしの食事を、比丘の僧団と共に、お受けください」と。世尊は、沈黙の状態をもって、お受けになりました。そこで、まさに、その牛飼いは、世尊がお受けすることを知って、坐から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、立ち去りました。

 そこで、まさに、その牛飼いは、その夜が明けると、自らの住居において、沢山の水気の少ない〔濃厚な〕粥を準備して、さらには、新鮮な酥(バター)を〔準備して〕、世尊に、時を告げました。「尊き方よ、時間です。食事ができました」と。

 そこで、まさに、世尊は、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、比丘の僧団と共に、その牛飼いの住居のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、設けられた坐に坐られました。そこで、まさに、その牛飼いは、覚者を頂とする比丘の僧団を、水気の少ない〔濃厚な〕粥で〔満足させ〕、さらには、新鮮な酥で満足させ、自らの手で給仕しました。そこで、まさに、その牛飼いは、世尊が食事を終え、鉢から手を離すと、或るどこかの下坐を収め取って、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、その牛飼いに、世尊は、法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示し、受持させ、〔あるいは〕激励し、歓喜させて、坐から立ち上がって、立ち去りました。そこで、まさに、世尊が立ち去ったあと、長からずして、その牛飼いを、或るひとりの男が、〔村の〕境界付近で〔襲い〕、生命を奪いました。

 そこで、まさに、大勢の比丘たちが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、その牛飼いによって、今日、覚者を頂とする比丘の僧団は、水気の少ない〔濃厚な〕粥で〔満足させられ〕、さらには、新鮮な酥で満足させられ、自らの手で給仕されたのですが、尊き方よ、その牛飼いが、どうやら、或るひとりの男に、〔村の〕境界付近で〔襲われ〕、生命を奪われたらしいのです」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「敵が敵に、あるいは、また、怨みある者が怨みある者に、為すであろう、〔まさに〕その、〔悪しき〕こと――それよりも、より悪しきことを、誤った〔思い〕に向けられた心は、彼に為すであろう」と。


 〔以上が〕第三〔の経〕となる。


4.4 夜叉の打撃の経(34)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ラージャガハ(王舎城)に住しておられます。ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)において。さて、まさに、その時、尊者サーリプッタと、尊者マハーモッガッラーナとが、カポータカンダラーに住しておられます。さて、まさに、その時、尊者サーリプッタは、月明かりの夜、髪を新しく剃り下ろし、野外に坐しておられたのです。或る一つの〔心の〕統一に入定して。

 さて、まさに、その時、二者の夜叉の仲間が、北方から南方へと赴きます。或る何らかの用事があって。まさに、それらの夜叉たちは、尊者サーリプッタが、月明かりの夜、髪を新しく剃り下ろし、野外に坐しておられたのを見ました。見て、一者“ひとり”の夜叉が、第二の夜叉に、こう言いました。「友よ、わたしは、この沙門の頭に、打撃を与えたいと思う」と。このように言われたとき、その夜叉(第二の夜叉)は、その夜叉(第一の夜叉)に、こう言いました。「友よ、やめなさい。沙門を攻撃してはいけない。友よ、彼は、秀“ひい”でた者だ。沙門は、大いなる神通ある者だ、大いなる威力ある者だ」と。

 再度また、まさに、その夜叉(第一の夜叉)は、その夜叉(第二の夜叉)に、こう言いました。「友よ、わたしは、この沙門の頭に、打撃を与えたいと思う」と。再度また、まさに、その夜叉(第二の夜叉)は、その夜叉(第一の夜叉)に、こう言いました。「友よ、やめなさい。沙門を攻撃してはいけない。友よ、彼は、秀でた者だ。沙門は、大いなる神通ある者だ、大いなる威力ある者だ」と。三度また、まさに、その夜叉は、その夜叉に、こう言いました。「友よ、わたしは、この沙門の頭に、打撃を与えたいと思う」と。三度また、まさに、その夜叉は、その夜叉に、こう言いました。「友よ、やめなさい。沙門を攻撃してはいけない。友よ、彼は、秀でた者だ。沙門は、大いなる神通ある者だ、大いなる威力ある者だ」と。

 そこで、まさに、その夜叉(第一の夜叉)は、その夜叉(第二の夜叉)に取り合わずして、尊者サーリプッタ長老の頭に打撃を与えました。その打撃によって、象を、あるいは、七ラタナ(長さの単位・一ラタナは約三十センチ)、あるいは、七ラタナ半、〔地面に〕沈めてしまうであろう――あるいは、大きな山の頂を粉砕してしまうであろう――それほどまでに、大きな打撃でした。そこで、また、いっぽう、その夜叉は、「焼かれる」「焼かれる」と言って、まさしく、その場で、大地獄に落ちました。

 まさに、尊者マハーモッガッラーナは、人間を超越した清浄の天眼によって、その夜叉が、尊者サーリプッタ長老の頭に打撃を与えているのを見ました。見て、尊者サーリプッタのおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者サーリプッタに、こう言いました。「友よ、どうでしょう、あなたは、大丈夫ですか。どうでしょう、順調ですか。どうでしょう、何かしら、苦痛はありますか」と。

 「友よ、モッガッラーナよ、わたしは、大丈夫です。わたしは、順調です。友よ、モッガッラーナよ、ですが、ただ、わたしの頭に僅かな苦痛があります」と。

 「友よ、サーリプッタよ、めったにないことです。友よ、サーリプッタよ、はじめてのことです。それこそ、尊者サーリプッタは、大いなる神通ある者です、大いなる威力ある者です。友よ、サーリプッタよ、ここに、或るひとりの夜叉が、あなたの頭に打撃を与えました。その打撃によって、象を、あるいは、七ラタナ、あるいは、七ラタナ半、〔地面に〕沈めてしまうであろう――あるいは、大きな山の頂を粉砕してしまうであろう――それほどまでに、大きな打撃でした。そこで、また、いっぽう、尊者サーリプッタは、このように言いました。『友よ、モッガッラーナよ、わたしは、大丈夫です。わたしは、順調です。友よ、モッガッラーナよ、ですが、ただ、わたしの頭に僅かな苦痛があります』」と。

 「友よ、モッガッラーナよ、めったにないことです。友よ、モッガッラーナよ、はじめてのことです。それこそ、尊者マハーモッガッラーナは、大いなる神通ある者です、大いなる威力ある者です。なぜなら、まさに、そこに、夜叉をもまた見るからです。いっぽうで、わたしなどは、今現在、泥鬼さえも見ません」と。

 まさに、世尊は、人間を超越した清浄の天耳の界域によって、彼らの、大いなる龍たる両者の、〔まさに〕この、このような形の話題ある会話を聞きました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「彼の心が、巌“いわお”の如くに安立し、動揺せず、諸々の染まるべきもの(欲望の対象)に染まらず、諸々の怒るべきことに怒らないなら――彼の心が、このように修められたなら――彼に、どこから、苦しみが至り行くというのだろう」と。


 〔以上が〕第四〔の経〕となる。


4.5 象の経(35)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、コーサンビーに住しておられます。ゴーシタの園地において。さて、まさに、その時、世尊は、比丘たちや比丘尼たちや在俗信者たちや女性在俗信者たちや王たちや王の大臣たちや異教の者たちや異教の者の弟子たちによって〔生活を〕掻き乱され、〔混乱のうちに〕住しておられます。〔生活を〕掻き乱され、苦痛で、平穏ではなく、〔混乱のうちに〕住しておられます。そこで、まさに、世尊は、こう思いました。「わたしは、まさに、今現在、比丘たちや比丘尼たちや在俗信者たちや女性在俗信者たちや王たちや王の大臣たちや異教の者たちや異教の者の弟子たちによって〔生活を〕掻き乱され、〔混乱のうちに〕住している。〔生活を〕掻き乱され、苦痛で、平穏ではなく、〔混乱のうちに〕住している。それなら、さあ、わたしは、独りになり、〔人々の〕群れから遠く離れ、〔混乱なく〕住することにしようか」と。

 そこで、まさに、世尊は、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、コーサンビーに〔行乞の〕食のために入りました。コーサンビーを〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻ると、自ら、臥坐所をたたんで、鉢と衣料を取って、〔自己の〕奉仕者に語りかけずして、比丘の僧団を顧みずして、独り、伴侶なき者となり、パーリレイヤカ〔村〕のあるところに、そこへと遊行〔の旅〕に出ました。順次に遊行〔の旅〕を歩みながら、パーリレイヤカ〔村〕のあるところに、そこへと至り着きました。そこで、まさに、世尊は、パーリレイヤカに住しておられます。林の茂みに守られた、幸いなるサーラ〔樹〕の根元において。

 まさに、或るどこかの巨象もまた、雄象たちや雌象たちや子象たちや幼象たちによって〔生活を〕掻き乱され、〔混乱のうちに〕住しています。まさしく、〔彼は〕先端が切れた諸々の草を喰いもすれば、彼が折り曲げ折り曲げ破断した枝を、〔彼らは〕喰いもします。〔彼は〕濁った諸々の飲み水を飲みもすれば、彼が〔水に〕入って〔そこから〕上がると、雌象たちは身体を擦り寄せながら行きもします。〔生活を〕掻き乱され、苦痛で、平穏ではなく、〔混乱のうちに〕住しています。そこで、まさに、その巨象は、こう思いました。「わたしは、まさに、今現在、雄象たちや雌象たちや子象たちや幼象たちによって〔生活を〕掻き乱され、〔混乱のうちに〕住している。まさしく、〔わたしは〕先端が切れた諸々の草を喰いもすれば、わたしが折り曲げ折り曲げ破断した枝を、〔彼らは〕喰いもする。〔わたしは〕濁った諸々の飲み水を飲みもすれば、わたしが〔水に〕入って〔そこから〕上がると、雌象たちは身体を擦り寄せながら行きもする。〔生活を〕掻き乱され、苦痛で、平穏ではなく、〔混乱のうちに〕住している。それなら、さあ、わたしは、独りになり、〔象たちの〕群れから遠く離れ、〔混乱なく〕住することにしようか」と。

 そこで、まさに、その巨象は、群れから去って行って、パーリレイヤカ〔村〕の、林の茂みに守られた、幸いなるサーラ〔樹〕の根元のところに、〔すなわち〕世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。そこで、まさに、その巨象は、その地に世尊が住しておられるなら、その地を芝生と為し、さらには、世尊のために、鼻でもって飲み水と洗い水を調達します。

 そこで、まさに、静所に赴き坐禅する世尊の心に、このような考えが浮かびました。「わたしは、まさに、かつて、比丘たちや比丘尼たちや在俗信者たちや女性在俗信者たちや王たちや王の大臣たちや異教の者たちや異教の者の弟子たちによって〔生活を〕掻き乱され、〔混乱のうちに〕住していた。〔生活を〕掻き乱され、苦痛で、平穏ではなく、〔混乱のうちに〕住していた。その〔わたし〕が、今現在、比丘たちや比丘尼たちや在俗信者たちや女性在俗信者たちや王たちや王の大臣たちや異教の者たちや異教の者の弟子たちによって〔生活を〕掻き乱されず、〔混乱なく〕住している。〔生活を〕掻き乱されず、安楽に、平穏で、〔混乱なく〕住している」と。

 まさに、その巨象の心にもまた、このような考えが浮かびました。「わたしは、まさに、かつて、雄象たちや雌象たちや子象たちや幼象たちによって〔生活を〕掻き乱され、〔混乱のうちに〕住していた。まさしく、〔わたしは〕先端が切れた諸々の草を喰いもすれば、わたしが折り曲げ折り曲げ破断した枝を、〔彼らは〕喰いもする。〔わたしは〕濁った諸々の飲み水を飲みもすれば、わたしが〔水に〕入って〔そこから〕上がると、雌象たちは身体を擦り寄せながら行きもした。〔生活を〕掻き乱され、苦痛で、平穏ではなく、〔混乱のうちに〕住していた。その〔わたし〕が、今現在、雄象たちや雌象たちや子象たちや幼象たちによって〔生活を〕掻き乱されず、〔混乱なく〕住している。まさしく、〔わたしは〕先端が切れていない諸々の草を喰いもすれば、わたしが折り曲げ折り曲げ破断した枝を、〔彼らが〕喰うこともない。〔わたしは〕濁っていない諸々の飲み水を飲みもすれば、わたしが〔水に〕入って〔そこから〕上がると、雌象たちが身体を擦り寄せながら行くこともない。〔生活を〕掻き乱されず、安楽に、平穏で、〔混乱なく〕住している」と。

 そこで、まさに、世尊は、まずは、自己の遠離を知って、さらには、〔自らの〕心をとおして、その巨象の心の考えを了知して、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「轅“ながえ”(車に着ける二本の長い棒)のような牙があり、手〔のような鼻〕がある象“ナーガ”の、この心は、独りある者が喜ぶところの意である、〔まさに〕その、龍“ナーガ”(ブッダ)の心と、〔互いが互いを〕行知する」と。


 〔以上が〕第五〔の経〕となる。


4.6 ピンドーラの経(36)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティ(舎衛城)に住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地(祇園精舎)において。さて、まさに、その時、尊者ピンドーラ・バーラドヴァージャが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて――林にある者(林に住む者)として、〔行乞の〕施食の者(托鉢で得られた食だけで生きる者)として、糞掃衣の者(ぼろ布で作った衣をまとう者)として、三つの衣料の者(三つの衣料だけを所有する者)として――求めることが少なく、〔常に〕満ち足りていて、〔世俗の事物から〕遠く離れ、〔他者と不必要に〕交わらず、精進に励み、向上の心(瞑想)に専念する、頭陀行の者(衣食住における不要物の放棄を自らに課す修行者)として――坐っていたのです。

 まさに、世尊は、尊者ピンドーラバーラ・ドヴァージャが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて――林にある者として、〔行乞の〕施食の者として、糞掃衣の者として、三つの衣料の者として――求めることが少なく、〔常に〕満ち足りていて、〔世俗の事物から〕遠く離れ、〔他者と不必要に〕交わらず、精進に励み、向上の心に専念する、頭陀行の者として――坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「〔他者を〕非難しないこと、害さないこと、しかして、戒め(波羅提木叉:戒律条項)において〔自己を〕統御すること、かつまた、食について量を知ること、なおかつ、辺境に臥坐すること、さらには、向上の心(瞑想)に努めること――これは、覚者たちの教えである」と。


 〔以上が〕第六〔の経〕となる。


4.7 サーリプッタの経(37)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者サーリプッタが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、求めることが少なく、〔常に〕満ち足りていて、〔世俗の事物から〕遠く離れ、〔他者と不必要に〕交わらず、精進に励み、向上の心(瞑想)に専念する者として、坐っていたのです。

 まさに、世尊は、尊者サーリプッタが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、求めることが少なく、〔常に〕満ち足りていて、〔世俗の事物から〕遠く離れ、〔他者と不必要に〕交わらず、精進に励み、向上の心に専念する者として、坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「向上の心(瞑想)ある者、〔常に気づきを〕怠らずにいる者、諸々の寂黙の道に学んでいる牟尼、寂静にして常に気づきある者、そのような者に、諸々の憂いは有りえない」と。


 〔以上が〕第七〔の経〕となる。


4.8 スンダリーの経(38)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、世尊は、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品(常備薬)を得る者として、〔世に〕有ります。比丘の僧団もまた、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品を得る者として、〔世に〕有ります。いっぽう、他の異教の遍歴遊行者たちは、〔人々から〕尊敬されず、尊重されず、思慕されず、供養されず、敬恭されず、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品を得ない者たちとして、〔世に〕有ります。

 そこで、まさに、彼ら、他の異教の遍歴遊行者たちは、世尊への〔人々の〕尊敬を耐えられずに、そして、比丘の僧団への〔人々の尊敬を耐えられずに〕、女性遍歴遊行者のスンダリーのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、女性遍歴遊行者のスンダリーに、こう言いました。「妹よ、あなたはできますか。親族たちの義(利益)を為すことを」と。「尊貴なる方々よ、わたしは、何を為すのですか。どうして、わたしができないというのでしょう。〔親族たちの義を〕為すことを。生命でさえも、わたしは捨て放ったのです。親族たちの義(利益)のために」と。

 「妹よ、それでは、まさに、〔足繁く〕何度となくジェータ林に行きなさい」と。「尊い方々よ、わかりました」と、まさに、女性遍歴遊行者のスンダリーは、彼ら、他の異教の遍歴遊行者たちに答えて、〔足繁く〕何度となくジェータ林に行きました。

 彼ら、他の異教の遍歴遊行者たちは、「まさに、女性遍歴遊行者のスンダリーは、何度となくジェータ林に行っているところを、多くの人にしっかりと見られた」と了知したとき、そこで、彼女の生命を奪って、まさしく、そこに、ジェータ林の堀の穴に捨て置いて、コーサラ〔国〕のパセーナディ王のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、コーサラ〔国〕のパセーナディ王に、こう言いました。「大王よ、〔まさに〕その、女性遍歴遊行者のスンダリーなる者がいるのですが、わたしたちは、彼女を見ません(行方不明になりました)」と。「では、どこにいると、あなたたちは疑うのだ」と。「大王よ、ジェータ林です」と。「それでは、まさに、ジェータ林を探しなさい」と。

 そこで、まさに、彼ら、他の異教の遍歴遊行者たちは、ジェータ林を探して、捨て置かれた〔遺骸〕のままに堀の穴から引き上げて、寝床に載せて、サーヴァッティに運び入れて、道から道へと十字路から十字路へと近づいて行って、人間たちを嫌がらせました。

 「尊貴なる方々よ、見てください。釈迦〔族〕の子の沙門たちの行為を。これらの釈迦〔族〕の子の沙門たちは、恥知らずの者たちで、劣戒の者たちで、悪しき法(性質)の者たちで、虚偽を説く者たちで、梵行(禁欲清浄行)なき者たちです。まさに、なんと、これらの者たちは、〔自らを〕法(真理)の行ないの者たちであり、正しい行ないの者たちであり、梵行ある者たちであり、真理を説く者たちであり、戒ある者たちであり、善なる法(性質)の者たちである、と公言するのです。これらの者たちに、沙門の資質は存在しません。これらの者たちには、婆羅門の資質は存在しません。これらの者たちの、沙門の資質は滅んだのです。これらの者たちの、婆羅門の資質は滅んだのです。どうして、これらの者たちに、沙門の資質があるというのでしょう。どうして、これらの者たちに、婆羅門の資質があるというのでしょう。これらの者たちは、沙門の資質から離れ去った者たちです。これらの者たちは、婆羅門の資質から離れ去った者たちです。まさに、なんと、どのようにして、人が、人の為すべきことを為して、〔なおかつ〕婦女の生命を奪うというのでしょう」と。

 さて、まさに、その時、サーヴァッティの人間たちは、比丘たちを見つけては、諸々の不当で粗暴な言葉でもって、罵倒し、誹謗し、悩ませ、困らせます。

 「これらの釈迦〔族〕の子の沙門たちは、恥知らずの者たちで、劣戒の者たちで、悪しき法(性質)の者たちで、虚偽を説く者たちで、梵行なき者たちです。まさに、なんと、これらの者たちは、〔自らを〕法(真理)の行ないの者たちであり、正しい行ないの者たちであり、梵行ある者たちであり、真理を説く者たちであり、戒ある者たちであり、善なる法(性質)の者たちである、と公言するのです。これらの者たちに、沙門の資質は存在しません。これらの者たちには、婆羅門の資質は存在しません。これらの者たちの、沙門の資質は滅んだのです。これらの者たちの、婆羅門の資質は滅んだのです。どうして、これらの者たちに、沙門の資質があるというのでしょう。どうして、これらの者たちに、婆羅門の資質があるというのでしょう。これらの者たちは、沙門の資質から離れ去った者たちです。これらの者たちは、婆羅門の資質から離れ去った者たちです。まさに、なんと、どのようにして、人が、人の為すべきことを為して、〔なおかつ〕婦女の生命を奪うというのでしょう」と。

 そこで、まさに、大勢の比丘たちは、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、サーヴァッティに〔行乞の〕食のために入りました。サーヴァッティを〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。

 「尊き方よ、今現在、サーヴァッティの人間たちは、比丘たちを見つけては、諸々の不当で粗暴な言葉でもって、罵倒し、誹謗し、悩ませ、困らせます。『これらの釈迦〔族〕の子の沙門たちは、恥知らずの者たちで、劣戒の者たちで、悪しき法(性質)の者たちで、虚偽を説く者たちで、梵行なき者たちです。まさに、なんと、これらの者たちは、〔自らを〕法(真理)の行ないの者たちであり、正しい行ないの者たちであり、梵行ある者たちであり、真理を説く者たちであり、戒ある者たちであり、善なる法(性質)の者たちである、と公言するのです。これらの者たちに、沙門の資質は存在しません。これらの者たちには、婆羅門の資質は存在しません。これらの者たちの、沙門の資質は滅んだのです。これらの者たちの、婆羅門の資質は滅んだのです。どうして、これらの者たちに、沙門の資質があるというのでしょう。どうして、これらの者たちに、婆羅門の資質があるというのでしょう。これらの者たちは、沙門の資質から離れ去った者たちです。これらの者たちは、婆羅門の資質から離れ去った者たちです。まさに、なんと、どのようにして、人が、人の為すべきことを為して、〔なおかつ〕婦女の生命を奪うというのでしょう』」と。

 「比丘たちよ、その評判は、長く有ることはないでしょう。七日だけは有るでしょうが。七日が過ぎれば、消えてしまうでしょう。比丘たちよ、それでは、まさに、それらの人間たちが、比丘たちを見つけては、諸々の不当で粗暴な言葉でもって、罵倒し、誹謗し、悩ませ、困らせるなら、あなたたちは、彼らを、この詩偈でもって叱責しなさい。


 『事実ならざることを説く者は、地獄へと近づき行く。あるいは、また、彼が、為しておきながら、なおかつ、「〔わたしは〕為してない」〔と〕言うなら、〔彼もまた、地獄へと近づき行く〕。彼らは、死してのち、両者ともどもに等しきものと成る――下劣な行為の人間たちとして、他所(来世)において』」と。


 そこで、まさに、それらの比丘たちは、世尊の現前で、この詩偈を完全に学び取って、それらの人間たちが、比丘たちを見つけては、諸々の不当で粗暴な言葉でもって、罵倒し、誹謗し、悩ませ、困らせるなら、彼らを、この詩偈でもって叱責します。


 「事実ならざることを説く者は、地獄へと近づき行く。あるいは、また、彼が、為しておきながら、なおかつ、『〔わたしは〕為してない』〔と〕言うなら、〔彼もまた、地獄へと近づき行く〕。彼らは、死してのち、両者ともどもに等しきものと成る――下劣な行為の人間たちとして、他所(来世)において」と。


 人間たちは、こう思いました。「これらの釈迦〔族〕の子の沙門たちが為したのではない。これらの者たちの為したことではない。これらの釈迦〔族〕の子の沙門たちは誓っているのだ」と。まさしく、その評判は、長く有りはしませんでした。七日だけは有りましたが。七日が過ぎて、消えてしまいました。

 そこで、まさに、大勢の比丘たちは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。

 「尊き方よ、めったにないことです。尊き方よ、はじめてのことです。尊き方よ、また、これほどまでに、見事に語られたのは。〔すなわち〕世尊によって、『比丘たちよ、その評判は、長く有ることはないでしょう。七日だけは有るでしょうが。七日が過ぎれば、消えてしまうでしょう』と。尊き方よ、消えてしまったのです。その評判が」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「自制なき人たちは、言葉〔の矢〕で〔人を〕刺す――戦場に赴いた象を、諸々の矢で〔刺す〕ように。〔彼らによって〕発せられた粗暴の言葉を聞いても、比丘は、怒りなき心で耐え忍ぶもの」と。


 〔以上が〕第八〔の経〕となる。


4.9 ウパセーナの経(39)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ラージャガハに住しておられます。ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパにおいて。そこで、まさに、静所に赴き坐禅するヴァンガンタの子である尊者ウパセーナの心に、このような考えが浮かびました。「まさに、わたしには、諸々の利得がある。まさに、わたしには、善く得られたものがある。しかも、わたしの教師は、世尊であり、阿羅漢であり、正自覚者である。しかも、〔わたしは〕見事に告げ知らされた法(教え)と律において家から家なきへと出家した者として〔世に〕存している。しかも、わたしと梵行を共にする者たちは、戒ある者たちであり、善なる法(性質)の者たちである。しかも、〔わたしは〕諸戒における円満成就を為す者として〔世に〕存している。しかも、〔わたしは、心が〕善く定められた一境心の者として〔世に〕存している。しかも、〔わたしは〕阿羅漢たる煩悩の滅尽者として〔世に〕存している。しかも、〔わたしは〕大いなる神通ある者にして大いなる威力ある者として〔世に〕存している。わたしにとって、生命(人生)は、幸いなるものであり、死は、幸いなるものである」と。

 そこで、まさに、世尊は、〔自らの〕心をとおして、ヴァンガンタの子である尊者ウパセーナの心の考えを了知して、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「〔彼の〕生き方が、彼を苦しめないなら、死という終極において、〔彼は〕憂い悲しまない。彼は、まさに、〔涅槃の〕境処を見た慧者であり、憂いの中にあっても憂い悲しまない。

 〔迷いの〕生存にたいする渇愛〔の思い〕を断ち切った者にとって、寂静心の比丘にとって、生の輪廻は滅尽した。彼に、さらなる〔迷いの〕生存は存在しない」と。


 〔以上が〕第九〔の経〕となる。


4.10 サーリプッタの寂止の経(40)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者サーリプッタが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、自己の寂止を注視しながら、坐っていたのです。

 まさに、世尊は、尊者サーリプッタが、遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、自己の寂止を注視しながら、坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「寂静なる寂静心の者にとって、〔迷いの生存に〕導くもの(煩悩)を断ち切った比丘にとって、生の輪廻は滅尽した。彼は、悪魔の結縛から解き放たれた」と。


 〔以上が〕第十〔の経〕となる。


 メーギヤの章が、第四となる。


 その〔章〕のための、摂頌となる。


 〔しかして、詩偈に言う〕「メーギヤ、〔心が〕高揚した者たち、牛飼い、夜叉、第五に象とともに、ピンドーラ、および、サーリプッタ、第八にスンダリーが有り、ヴァンガンタの子のウパセーナ、および、サーリプッタ、それらの十がある」と。


5 ソーナの章


5.1 より愛しいものの経(41)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティ(舎衛城)に住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地(祇園精舎)において。さて、まさに、その時、コーサラ〔国〕のパセーナディ王は、マッリカー妃と共に、優美な高楼(テラス)の上に居たのです。そこで、まさに、コーサラ〔国〕のパセーナディ王は、マッリカー妃に、こう言いました。「マッリカーよ、いったい、まさに、あなたにとって、自己より他に、何であれ、より愛しいものが存在するだろうか」と。

 「大王よ、まさに、わたしにとって、自己より他に、何であれ、より愛しいものは存在しません。大王よ、では、あなたにとって、自己より他に、何であれ、より愛しいものが存在しますか」と。「マッリカーよ、まさに、わたしにとってもまた、自己より他に、何であれ、より愛しいものは存在しない」と。

 さて、まさに、コーサラ〔国〕のパセーナディ王は、高楼から降りて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、コーサラ〔国〕のパセーナディ王は、世尊に、こう言いました。

 「尊き方よ、ここに、わたしは、マッリカー妃と共に、優美な高楼の上に居たのですが、マッリカー妃に、こう言いました。『マッリカーよ、いったい、まさに、あなたにとって、自己より他に、何であれ、より愛しいものが存在するだろうか』と。このように言われたとき、マッリカー妃は、わたしに、こう言いました。『大王よ、まさに、わたしにとって、自己より他に、何であれ、より愛しいものは存在しません。大王よ、では、あなたにとって、自己より他に、何であれ、より愛しいものが存在しますか』と。このように言われたとき、尊き方よ、わたしは、マッリカー妃に、こう言いました。『マッリカーよ、まさに、わたしにとってもまた、自己より他に、何であれ、より愛しいものは存在しない』」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「全ての方角を、心して訪ね回ってみたが、どこにおいても、自己よりもより愛しいものに、ついに、到達しなかった。このように、他者たちにとって、個々〔それぞれ〕の自己は愛しいものであり、それゆえに、自己〔の幸せ〕を欲する者は、他者を害さぬもの」と。


 〔以上が〕第一〔の経〕となる。


5.2 短命の者の経(42)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。そこで、まさに、尊者アーナンダは、夕刻時に、坐禅から出起し、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者アーナンダは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、めったにないことです。尊き方よ、はじめてのことです。尊き方よ、それこそ、まさに、世尊の母が、短命の者として〔世に〕有ったのは。世尊が生まれて七日のあいだに、世尊の母は命を終え、兜率天衆に再生しました」と。

 「アーナンダよ、このことですが、そのとおりです。アーナンダよ、まさに、菩薩の母たちは、短命の者たちとして〔世に〕有ります。菩薩が生まれて七日のあいだに、菩薩の母たちは命を終え、兜率天衆に再生します」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「誰であれ、彼らが、〔すでに生類と〕成ったものたちであり、あるいは、また、彼らが、〔これから生類と〕成るとして、〔その〕全てが、肉身“からだ”を捨棄して、去り行くであろう。智者は、その衰退の全てを知って、熱情ある者となり、梵行(禁欲清浄行)を歩むもの」と。


 〔以上が〕第二〔の経〕となる。


5.3 癩病者のスッパブッダの経(43)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ラージャガハ(王舎城)に住しておられます。ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)において。さて、まさに、その時、ラージャガハには、スッパブッダという名の癩病者が、貧しい人間として、哀れな人間として、惨めな人間として、〔世に〕有りました。さて、まさに、その時、世尊は、大いなる衆に取り囲まれ、法(教え)を説示しつつ、坐しておられたのです。

 まさに、癩病者のスッパブッダは、その大いなる人だかりに、はるか遠くから〔人々が〕集まってきたのを見ました。見て、彼は、こう思いました。「まちがいなく、まさに、ここに、何かしらの、あるいは、固形の食料が、あるいは、軟らかい食料が、分配されている。それなら、さあ、わたしは、その大いなる人だかりのあるところに、そこへと近づいて行くことにしようか。まさしく、たぶん、まさに、ここに、何かしらの、あるいは、固形の食料が、あるいは、軟らかい食料が、得られるはずだ」と。

 そこで、まさに、癩病者のスッパブッダは、その大いなる人だかりのあるところに、そこへと近づいて行きました。まさに、癩病者のスッパブッダは、世尊が、大いなる衆に取り囲まれ、法(教え)を説示しつつ、坐しておられたのを見ました。見て、彼は、こう思いました。「まさに、ここに、何かしらの、あるいは、固形の食料が、あるいは、軟らかい食料が、分配されているのではない。この沙門ゴータマが、衆のなかで法(教え)を説示している。それなら、さあ、わたしもまた、法(教え)を聞くことにしようか」と。まさしく、その場で、一方に坐りました。「わたしもまた、法(教え)を聞くのだ」と。

 そこで、まさに、世尊は、〔その〕衆の一切すべてに、心をとおして、心を探知して、意を為しました。「いったい、まさに、誰が、ここに、法(真理)を識知することができるのか」と。まさに、世尊は、癩病者のスッパブッダが、その衆のなかに坐っているのを見ました。見て、彼は、こう思いました。「まさに、この者は、ここに、法(真理)を識知することができる」と。〔そこで〕癩病者のスッパブッダを対象として、〔適切な〕順序にもとづく講話(次第説法)を話されました。それは、たとえば、この――布施についての講話を、戒についての講話を、天上についての講話を、諸々の欲望の危険と卑賎と汚染を、離欲(出離)における福利を明示しました。世尊は、癩病者のスッパブッダのことを、健全な心の者と、柔軟な心の者と、妨げを離れる心の者と、勇躍心の者と、清らかな信ある心の者と了知したとき、そのとき〔はじめて〕、〔まさに〕その、覚者たちにとっての、高尚なる法(真理)の説示としてある、その〔教え〕を明示しました。〔すなわち〕苦痛と〔苦痛の〕集起と〔苦痛の〕止滅と〔苦痛の止滅のための〕道を〔明示しました〕(苦・集・滅・道の四聖諦を説示した)。それは、たとえば、また、まさに、汚れを落とした純白の衣が、まさしく、正しく、染料を吸収するように、まさしく、このように、癩病者のスッパブッダに、まさしく、その坐において、〔世俗の〕塵を離れ、〔世俗の〕垢を離れた、法(真理)の眼“まなこ”が生起しました。「それが何であれ、集起の法(性質)であるなら、その全ては、止滅の法(性質)である」と。

 そこで、まさに、癩病者のスッパブッダは、法(真理)を見た者となり、法(真理)を得た者となり、法(真理)を知った者となり、法(真理)を深く解した者となり、惑いを超え渡った者となり、疑いを離れ去った者となり、離怖を得た者となり、教師の教えにおいて他を縁としない者となり、坐から立ち上がって、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、癩病者のスッパブッダは、世尊に、こう言いました。

 「尊き方よ、見事です。尊き方よ、見事です。尊き方よ、それは、たとえば、また――あるいは、倒れたものを起こすかのように、あるいは、覆われたものを開くかのように、あるいは、迷う者に道を告げ知らせるかのように、あるいは、『眼ある者たちは、諸々の形態(色)を見る』と、暗黒のなかで油の灯火を保つかのように――まさしく、このように、世尊によって、無数の教相(具体的説明・方便)をもって、法(真理)が明示されました。尊き方よ、このわたしは、世尊を帰依所に赴きます(覚者に帰依します)。かつまた、法(教え)を、さらには、比丘の僧団を。世尊よ、わたしを、在俗信者として認めてください、今日以後、生きている限り、帰依所に赴いた者として〔認めてください〕」と。

 そこで、まさに、世尊の法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示され、受持させられ、〔あるいは〕激励され、歓喜させられた、癩病者のスッパブッダは、世尊が語ったことを喜んで、随喜して、坐から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、立ち去りました。そこで、まさに、立ち去ったあと、長からずして、癩病者のスッパブッダに、若い子牛づれの雌牛がぶつかって、〔その〕生命を奪いました。

 そこで、まさに、大勢の比丘たちが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、〔まさに〕その、世尊の法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示され、受持させられ、〔あるいは〕激励され、歓喜させられた、スッパブッダという名の癩病者ですが、彼が、命を終えたのです。彼には、どのような〔来世の〕境遇(趣)がありますか、どのような未来の運命がありますか」と。

 「比丘たちよ、癩病者のスッパブッダは賢者です。法(教え)を法(教え)のままに実践しました。そして、法(教え)を問題にして、わたしを悩ますことがありませんでした。比丘たちよ、癩病者のスッパブッダは、三つの束縛するもの(三結:有身見・疑・戒禁取)の完全なる滅尽あることから(実体として自己が存在するという見解・仏法僧等にたいする疑惑・無意味な戒や掟への固執の三結が捨棄されたことにより)、預流たる者(覚りの第一階梯たる預流果に覚った者)となり、堕所の法(性質)なき者(地獄・餓鬼・畜生・修羅の四悪趣に落ちない者)となり、決定の者(最高で七回までの輪廻を限度とし第八の生存を取らないことが決定した者)となり、正覚を行き着くところとする者(一来・不還・阿羅漢の三道を得るべき者)となります」と。

 このように言われたとき、或るひとりの比丘は、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、いったい、まさに、何が、因なのですか、何が、縁なのですか――癩病者のスッパブッダが、貧しい人間として、哀れな人間として、惨めな人間として、〔世に〕有ったのは(どのような因縁があって、癩病者のスッパブッダは、悲惨な境遇に生を受けたのですか)」と。

 「比丘たちよ、過去の事ですが、癩病者のスッパブッダは、まさしく、このラージャガハにおいて、長者の子として〔世に〕有りました。彼は、庭園の地へと出かけつつ、タガラシキンという独覚が、城市に〔行乞の〕食のために入りつつあるのを見ました。見て、彼は、こう思いました。『何なんだ、癩病者の衣料でうろつく、この癩病者は』と。〔彼は〕唾を吐いて、軽蔑を為して、立ち去りました。彼は、その行為の報いによって、数百年のあいだ、数千年のあいだ、数百千年のあいだ、地獄で苦しめられました。まさしく、その行為の、報いの残りによって、まさしく、このラージャガハにおいて、貧しい人間として、哀れな人間として、惨めな人間として、〔世に〕有りました。彼は、如来によって知らされた法(教え)と律を縁として、信仰を受持し、戒を受持し、所聞(聴聞した教え)を受持し、棄捨を受持し、知慧を受持しました。彼は、如来によって知らされた法(教え)と律を縁として、信仰を受持して、戒を受持して、所聞を受持して、棄捨を受持して、知慧を受持して、身体の破壊ののち、死後において、善き境遇(善趣)たる天上の世〔界〕に再生し、三十三天の天〔の神々〕たちと共住しています。彼は、そこにおいて、他の天〔の神々〕たちに輝きまさります――まさしく、色艶(風格)をもってしても、福徳をもってしても」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「眼ある者が、見い出されるところの努力において、諸々の不正を〔避ける〕ように、賢者は、生ある者の世において、諸々の悪を遍く避けるもの」と。


 〔以上が〕第三〔の経〕となる。


5.4 少年たちの経(44)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、大勢の少年たちが、サーヴァッティとジェータ林との中途において、魚たちを〔捕まえて〕痛めつけています。

 そこで、まさに、世尊は、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、サーヴァッティに〔行乞の〕食のために入りました。まさに、世尊は、大勢の少年たちが、サーヴァッティとジェータ林との中途において、魚たちを〔捕まえて〕痛めつけているのを見ました。見て、それらの少年たちのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、それらの少年たちに、こう言いました。「少年たちよ、まさに、君たちは、苦しみを恐れるかな。君たち〔自身〕の苦しみは嫌かな」と。「尊き方よ、そのとおりです。尊き方よ、僕たちは、苦しみを恐れます。僕たち〔自身〕の苦しみは嫌です」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「それで、もし、〔あなたたちが〕苦しみを恐れるなら、それで、もし、あなたたちにとって、苦しみが愛しからざるもの(嫌なもの)であるなら、もしくは、公然であろうと、内密であろうと、〔あなたたちは〕悪しき行為を為してはならない。

 しかして、それで、もし、〔あなたたちが〕悪しき行為を〔未来において〕為すであろうなら、あるいは、〔いまここに〕為すなら、たとえ、〔空中に〕跳び上がって逃げようとしても、あなたたちに、苦しみからの解き放ちは存在しない」と。


 〔以上が〕第四〔の経〕となる。


5.5 斎戒の経(45)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。東の園地にあるミガーラ・マートゥの高楼(鹿母講堂:ミガーラの母のヴィサーカーが寄進した堂舎)において。さて、まさに、その時、世尊は、斎戒(布薩:地域内の比丘が集まり波羅提木叉を読誦して自省する僧団行事)のその日、比丘の僧団に取り囲まれ、坐しておられたのです。

 そこで、まさに、尊者アーナンダは、夜が更け、初更(宵の内)を過ぎると、坐から立ち上がって、一つの肩に上衣を掛けて、世尊のおられるところに、そこへと合掌を手向けて、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、夜が更け、初更を過ぎました。比丘の僧団は、長らく坐しています。尊き方よ、世尊よ、比丘たちに、戒め(波羅提木叉:戒律条項)を誦説してください」と。このように言われたとき、世尊は、沈黙したままでした。

 再度また、まさに、尊者アーナンダは、夜が更け、中更(真夜中)を過ぎると、坐から立ち上がって、一つの肩に上衣を掛けて、世尊のおられるところに、そこへと合掌を手向けて、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、夜が更け、中更を過ぎました。比丘の僧団は、長らく坐しています。尊き方よ、世尊よ、比丘たちに、戒めを誦説してください」と。このように言われたとき、世尊は、沈黙したままでした。

 三度また、まさに、尊者アーナンダは、夜が更け、後更(明け方)を過ぎると、坐から立ち上がって、一つの肩に上衣を掛けて、世尊のおられるところに、そこへと合掌を手向けて、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、夜が更け、後更を過ぎました。比丘の僧団は、長らく坐しています。尊き方よ、世尊よ、比丘たちに、戒めを誦説してください」と。「アーナンダよ、〔この〕衆は、完全なる清浄にあらず」と。

 そこで、まさに、尊者マハーモッガッラーナは、こう思いました。「いったい、まさに、世尊は、どの人物に関して、こう言ったのだろう。〔すなわち〕『アーナンダよ、〔この〕衆は、完全なる清浄にあらず』」と。そこで、まさに、尊者マハーモッガッラーナは、〔その〕比丘の僧団の一切すべてに、心をとおして、心を探知して、意“おもい”を為しました。まさに、尊者マハーモッガッラーナは、その人物を――劣戒にして悪しき法(性質)の者、不浄にして行状“おこない”に疑いある者、生業を隠蔽し、沙門でないのに沙門と公言し(沙門を名乗り)、梵行者でないのに梵行者と公言し、内まで腐り〔煩悩が〕漏れ出ている者、生まれながらの屑でありながら、比丘の僧団の中に坐している〔その人物〕を――見ました。見て、坐から立ち上がって、その人物のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、その人物に、こう言いました。「友よ、立ち上がりなさい。〔あなたは〕見られたのです――世尊によって。あなたに、比丘たちと共にする共住〔の資格〕は存在しません」と。このように言われたとき、その人物は、沈黙したままでした。

 再度また、まさに、尊者マハーモッガッラーナは、その人物に、こう言いました。「友よ、立ち上がりなさい。〔あなたは〕見られたのです――世尊によって。あなたに、比丘たちと共にする共住〔の資格〕は存在しません」と。再度また、まさに……略……。三度また、まさに、その人物は、沈黙したままでした。

 そこで、まさに、尊者マハーモッガッラーナは、その人物の腕を掴んで、門小屋の外に追い出して、閂“かんぬき”を掛けて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、その人物は、わたしが追い出しました。〔この〕衆は、完全なる清浄です。尊き方よ、世尊よ、比丘たちに、戒めを誦説してください」と。「モッガッラーナよ、めったにないことです。モッガッラーナよ、はじめてのことです。まさに、腕を掴むに至るまさえでも、その愚かな人物が待っているとは」と。

 そこで、まさに、世尊は、比丘たちに、語りかけました。「比丘たちよ、今やもう、わたしは、これから後は、斎戒を為すことも、戒めを誦説することも、ないでしょう。比丘たちよ、今やもう、あなたたちだけで、これから後は、斎戒を為し、戒めを誦説するのです。比丘たちよ、このことは、状況なきことであり、場違いなことなのです。すなわち、如来が、完全なる清浄ならざる衆のために、斎戒を為し、戒めを誦説するのは。

 比丘たちよ、八つのものがあります。これらの、大海について、めったにないはじめての法(性質)があります。それら〔の法〕を見ては見て、阿修羅たちは、大海について喜び楽しみます。どのようなものが、八つのものなのですか。

 (1)比丘たちよ、大海は、順次に低くなり、順次に傾き、順次に傾斜し、いきなり急に深淵にはなりません。比丘たちよ、すなわち、また、大海が、順次に低くなり、順次に傾き、順次に傾斜し、いきなり急に深淵にはならないのは、比丘たちよ、これが、大海について、第一の、めったにないはじめての法(性質)です。それを見ては見て、阿修羅たちは、大海について喜び楽しみます。

 (2)比丘たちよ、さらに、また、他に、大海は、法(性質)が安立し、海岸を過ぎ行くことがありません。比丘たちよ、すなわち、また、大海が、法(性質)が安立し、海岸を過ぎ行くことがないのは、比丘たちよ、これが、大海について、第二の、めったにないはじめての法(性質)です。それを見ては見て、阿修羅たちは、大海について喜び楽しみます。

 (3)比丘たちよ、さらに、また、他に、大海は、死骸と共住せず、それが、大海のうちに、死骸として有るなら、その〔死骸〕を、ごくすみやかに、岸へと運び去り、陸へと打ち上げます。比丘たちよ、すなわち、また、大海が、死骸と共住せず、それが、大海のうちに、死骸として有るなら、その〔死骸〕を、ごくすみやかに、岸へと運び去り、陸へと打ち上げるのは、比丘たちよ、これが、大海について、第三の、めったにないはじめての法(性質)です。それを見ては見て、阿修羅たちは、大海について喜び楽しみます。

 (4)比丘たちよ、さらに、また、他に、それらが何であれ、諸々の大河であるなら、それは、たとえば、この、ガンガー〔川〕、ヤムナー〔川〕、アチラヴァティー〔川〕、サラブー〔川〕、マヒー〔川〕のように、それらは、大海に至って〔そののちは〕、以前の名と姓を捨棄し、まさしく、「大海」という名称へと行き着きます(大海という名でのみ呼称される)。比丘たちよ、すなわち、また、それらが何であれ、諸々の大河であるなら、それは、たとえば、この、ガンガー〔川〕、ヤムナー〔川〕、アチラヴァティー〔川〕、サラブー〔川〕、マヒー〔川〕のように、それらが、大海に至って〔そののちは〕、以前の名と姓を捨棄し、まさしく、「大海」という名称へと行き着くのは、比丘たちよ、これが、大海について、第四の、めったにないはじめての法(性質)です。それを見ては見て、阿修羅たちは、大海について喜び楽しみます。

 (5)比丘たちよ、さらに、また、他に、しかして、それらの世における諸々の水流が、大海に注ぎ入るとして、さらには、それらの空中からの諸々の流雨が、〔大海に〕落ちるとして、それによって、大海の、あるいは、減少が〔知られることもなければ〕、あるいは、増加が知られることもありません。比丘たちよ、すなわち、また、しかして、それらの世における諸々の水流が、大海に注ぎ入るとして、さらには、それらの空中からの諸々の流雨が、〔大海に〕落ちるとして、それによって、大海の、あるいは、減少が〔知られることもなければ〕、あるいは、増加が知られることもないのは、比丘たちよ、これが、大海について、第五の、めったにないはじめての法(性質)です。それを見ては見て、阿修羅たちは、大海について喜び楽しみます。

 (6)比丘たちよ、さらに、また、他に、大海は、同一の味であり、塩の味です。比丘たちよ、すなわち、また、大海が、同一の味であり、塩の味であるのは、比丘たちよ、これが、大海について、第六の、めったにないはじめての法(性質)です。それを見ては見て、阿修羅たちは、大海について喜び楽しみます。

 (7)比丘たちよ、さらに、また、他に、大海は、多くの宝物があり、無数の宝物があり、そこに、これらの宝物があります――それは、たとえば、この、真珠、宝珠、瑠璃、法螺、宝石、珊瑚、白銀、黄金、赤玉、瑪瑙のように。比丘たちよ、すなわち、また、大海が、多くの宝物があり、無数の宝物があり、そこに、これらの宝物があるのは――それは、たとえば、この、真珠、宝珠、瑠璃、法螺、宝石、珊瑚、白銀、黄金、赤玉、瑪瑙のように、比丘たちよ、これが、大海について、第七の、めったにないはじめての法(性質)です。それを見ては見て、阿修羅たちは、大海について喜び楽しみます。

 (8)比丘たちよ、さらに、また、他に、大海は、大いなる生類たちが居住し、そこに、これらの生物たち――ティミ〔の大魚〕、ティミンガラ〔の大魚〕、ティミティミンガラ〔の大魚〕、阿修羅たち、龍たち、ガンダッバ(音楽神)たちがいて、百ヨージャナ(長さの単位・一ヨージャナは軛牛の一日の旅程距離)さえもの自己状態あるものたちとして、二百ヨージャナさえもの自己状態あるものたちとして、三百ヨージャナさえもの自己状態あるものたちとして、四百ヨージャナさえもの自己状態あるものたちとして、五百ヨージャナさえもの自己状態あるものたちとして、大海のうちに存在します。比丘たちよ、すなわち、また、大海が、大いなる生類たちが居住し、そこに、これらの生物たち――ティミ〔の大魚〕、ティミンガラ〔の大魚〕、ティミティミンガラ〔の大魚〕、阿修羅たち、龍たち、ガンダッバたちがいて、百ヨージャナさえもの自己状態あるものたちとして、二百ヨージャナさえもの自己状態あるものたちとして……略……五百ヨージャナさえもの自己状態あるものたちとして、大海のうちに存在するのは、比丘たちよ、まさに、これが、大海について、第八の、めったにないはじめての法(性質)です。それを見ては見て、阿修羅たちは、大海について喜び楽しみます。比丘たちよ、まさに、これらが、大海について、八つの、めったにないはじめての法(性質)です。それらを見ては見て、阿修羅たちは、大海について喜び楽しみます。

 比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、この法(教え)と律について、八つの、めったにないはじめての法(性質)があります。それらを見ては見て、比丘たちは、この法(教え)と律について喜び楽しみます。八つとは何でしょう。

 (1)比丘たちよ、それは、たとえば、また、大海が、順次に低くなり、順次に傾き、順次に傾斜し、いきなり急に深淵にならないように、比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、この法(教え)と律には、順次に学びがあり、順次に行があり、順次に〔実践の〕道があり、いきなり急に了知の理解はありません。比丘たちよ、すなわち、また、この法(教え)と律には、順次に学びがあり、順次に行があり、順次に〔実践の〕道があり、いきなり急に了知の理解がないのは、比丘たちよ、これが、この法(教え)と律について、第一の、めったにないはじめての法(性質)です。それを見ては見て、比丘たちは、この法(教え)と律について喜び楽しみます。

 (2)比丘たちよ、それは、たとえば、また、大海が、法(性質)が安立し、海岸を過ぎ行くことがないように、比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、それが、わたしによって弟子たちのために制定された学処(戒律)であるなら、その〔学処〕を、わたしの弟子たちは、たとえ、生命を因としても、犯すことがありません。比丘たちよ、すなわち、また、それが、わたしによって弟子たちのために制定された学処であるなら、その〔学処〕を、わたしの弟子たちが、たとえ、生命を因としても、犯すことがないのは、比丘たちよ、これが、この法(教え)と律について、第二の、めったにないはじめての法(性質)です。それらを見ては見て、比丘たちは、この法(教え)と律について喜び楽しみます。

 (3)比丘たちよ、それは、たとえば、また、大海が、死骸と共住せず、それが、大海のうちに、死骸として有るなら、その〔死骸〕を、ごくすみやかに、岸へと運び去り、陸へと打ち上げるように、比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、彼が、その人物が、劣戒にして悪しき法(性質)の者であり、不浄にして行状に疑いある者であり、生業を隠蔽し、沙門でないのに沙門と公言し(沙門を名乗り)、梵行者でないのに梵行者と公言し、内まで腐り〔煩悩が〕漏れ出ている者であり、生まれながらの屑の者であるなら、僧団は、彼と共住せず、そこで、まさに、ごくすみやかに集まって、彼を排斥し、たとえ、何であれ、彼が、比丘の僧団の中に坐しているとして、そこで、まさに、彼は、僧団から、まさしく、遠く離れることになり、僧団も、彼と〔共住することはありません〕。比丘たちよ、すなわち、また、彼が、その人物が、劣戒にして悪しき法(性質)の者であり、不浄にして行状に疑いある者であり、生業を隠蔽し、沙門でないのに沙門と公言し、梵行者でないのに梵行者と公言し、内まで腐り〔煩悩が〕漏れ出ている者であり、生まれながらの屑の者であるなら、僧団が、彼と共住せず、そこで、まさに、ごくすみやかに集まって、彼を排斥し、たとえ、何であれ、彼が、比丘の僧団の中に坐しているとして、そこで、まさに、彼は、僧団から、まさしく、遠く離れることになり、僧団も、彼と〔共住することがない〕のは、比丘たちよ、これが、この法(教え)と律について、第三の、めったにないはじめての法(性質)です。それらを見ては見て、比丘たちは、この法(教え)と律について喜び楽しみます。

 (4)比丘たちよ、それは、たとえば、また、それらが何であれ、諸々の大河であるなら、それは、たとえば、この、ガンガー〔川〕、ヤムナー〔川〕、アチラヴァティー〔川〕、サラブー〔川〕、マヒー〔川〕のように、それらは、大海に至って〔そののちは〕、以前の名と姓を捨棄し、まさしく、「大海」という名称へと行き着くように、比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、四つの階級の者たちである、士族たち、婆羅門たち、庶民たち、隷民たちですが、彼らは、如来によって知らされた法(教え)と律において、家から家なきへと出家して〔そののちは〕、以前の名と姓を捨棄し、まさしく、「釈迦〔族〕の子の沙門」という名称へと行き着きます。比丘たちよ、すなわち、また、四つの階級の者たちである、士族たち、婆羅門たち、庶民たち、隷民たちですが、彼らが、如来によって知らされた法(教え)と律において、家から家なきへと出家して〔そののちは〕、以前の名と姓を捨棄し、まさしく、「釈迦〔族〕の子の沙門」という名称へと行き着くのは、比丘たちよ、これが、この法(教え)と律について、第四の、めったにないはじめての法(性質)です。それらを見ては見て、比丘たちは、この法(教え)と律について喜び楽しみます。

 (5)比丘たちよ、それは、たとえば、また、しかして、それらの世における諸々の水流が、大海に注ぎ入るとして、さらには、それらの空中からの諸々の流雨が、〔大海に〕落ちるとして、それによって、大海の、あるいは、減少が〔知られることもなければ〕、あるいは、増加が知られることもないように、比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、たとえ、もし、多くの比丘たちが、〔生存の〕依り所(身体)という残りものがない涅槃の界域(無余依涅槃界)において、完全なる涅槃に到達するとして、それによって、涅槃の界域の、あるいは、減少が〔知られることもなければ〕、あるいは、増加が知られることもありません。比丘たちよ、すなわち、また、たとえ、もし、多くの比丘たちが、〔生存の〕依り所がない涅槃の界域において、完全なる涅槃に到達するとして、それによって、涅槃の界域の、あるいは、減少が〔知られることもなければ〕、あるいは、増加が知られることもないのは、比丘たちよ、これが、この法(教え)と律について、第五の、めったにないはじめての法(性質)です。それらを見ては見て、比丘たちは、この法(教え)と律について喜び楽しみます。

 (6)比丘たちよ、それは、たとえば、また、大海が、同一の味であり、塩の味であるように、比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、この法(教え)と律は、同一の味であり、解脱の味です。比丘たちよ、すなわち、また、この法(教え)と律が、同一の味であり、解脱の味であるのは、比丘たちよ、これが、この法(教え)と律について、第六の、めったにないはじめての法(性質)です。それらを見ては見て、比丘たちは、この法(教え)と律について喜び楽しみます。

 (7)比丘たちよ、それは、たとえば、また、大海が、多くの宝物があり、無数の宝物があり、そこに、これらの宝物があるように――それは、たとえば、この、真珠、宝珠、瑠璃、法螺、宝石、珊瑚、白銀、黄金、赤玉、瑪瑙のように、比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、この法(教え)と律は、多くの宝物があり、無数の宝物があり、そこに、これらの宝物があります――それは、たとえば、この、四つの気づきの確立(四念処:身体と感受と心と法についての気づき)、四つの正しい精励(四正勤:既生の悪を断絶するべく励むこと・未生の悪を生起させないように励むこと・未生の善を生起させるように励むこと・既生の善を増大するべく励むこと)、四つの神通の足場(四神足:意欲・心・精進・考察)、五つの機能(五根:信・精進・気づき・定・知慧)、五つの力(五力:信・精進・気づき・定・知慧)、七つの覚りの支分(七覚支:気づき・法の判別・精進・喜・軽安・定・捨)、聖なる八つの支分ある道(八正道:正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)のように。比丘たちよ、すなわち、また、この法(教え)と律が、多くの宝物があり、無数の宝物があり、そこに、これらの宝物があるのは――それは、たとえば、この、四つの気づきの確立、四つの正しい精励、四つの神通の足場、五つの機能、五つの力、七つの覚りの支分、聖なる八つの支分ある道のように、比丘たちよ、これが、この法(教え)と律について、第七の、めったにないはじめての法(性質)です。それらを見ては見て、比丘たちは、この法(教え)と律について喜び楽しみます。

 (8)比丘たちよ、それは、たとえば、また、大海が、大いなる生類たちが居住し、そこに、これらの生物たち――ティミ〔の大魚〕、ティミンガラ〔の大魚〕、ティミティミンガラ〔の大魚〕、阿修羅たち、龍たち、ガンダッバたちがいて、百ヨージャナさえもの自己状態あるものたちとして、二百ヨージャナさえもの自己状態あるものたちとして、三百ヨージャナさえもの自己状態あるものたちとして、四百ヨージャナさえもの自己状態あるものたちとして、五百ヨージャナさえもの自己状態あるものたちとして、大海のうちに存在するように、比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、この法(教え)と律は、大いなる生類たちが居住し、そこに、これらの生類たち――預流たる者(預流果)、預流果の実証のために〔道を〕実践する者(預流道)、一来たる者(一来果)、一来果の実証のために〔道を〕実践する者(一来道)、不還たる者(不還果)、不還果の実証のために〔道を〕実践する者(不還道)、阿羅漢(阿羅漢果)、阿羅漢の資質のために〔道を〕実践する者(阿羅漢道)がいます。比丘たちよ、すなわち、また、この法(教え)と律が、大いなる生類たちが居住し、そこに、これらの生類たち――預流たる者、預流果の実証のために〔道を〕実践する者、一来たる者、一来果の実証のために〔道を〕実践する者、不還たる者、不還果の実証のために〔道を〕実践する者、阿羅漢、阿羅漢の資質のために〔道を〕実践する者がいるのは、比丘たちよ、これが、この法(教え)と律について、第八の、めったにないはじめての法(性質)です。それらを見ては見て、比丘たちは、この法(教え)と律について喜び楽しみます。比丘たちよ、まさに、これらが、この法(教え)と律について、八つの、めったにないはじめての法(性質)です。それらを見ては見て、比丘たちは、この法(教え)と律について喜び楽しみます。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「覆われたものに、雨が漏れ入る。開かれたものに、雨が漏れ入ることはない。それゆえに、覆われたものを開くように。このように、その〔開かれたもの〕に、雨が漏れ入ることはない」と。


 〔以上が〕第五〔の経〕となる。


5.6 ソーナの経(46)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者マハーカッチャーナは、アヴァンティ〔国〕に住しおられています。クララガラのパヴァッタ山において。さて、まさに、その時、在俗信者のソーナ・クティカンナが、尊者マハーカッチャーナの奉仕者(世話係)です。

 そこで、まさに、静所に赴き坐禅する在俗信者のソーナ・クティカンナの心に、このような考えが浮かびました。「まさに、尊貴なるマハーカッチャーナさまが法(教え)を説示する、そのとおり、そのとおりに、このことは、為し易いことではない――〔すなわち〕家に住み止まっていながら、法螺貝を磨いたかの、絶対的に完全なる清浄にして、絶対的に円満成就した、〔完全無欠の〕梵行を歩むのは。それなら、さあ、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣(袈裟)をまとって、家から家なきへと出家してはどうだろうか」と。

 そこで、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナは、尊者マハーカッチャーナのおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者マハーカッチャーナを敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナは、尊者マハーカッチャーナに、こう言いました。

 「尊き方よ、ここに、静所に赴き坐禅するわたしの心に、このような考えが浮かびました。『まさに、尊貴なるマハーカッチャーナさまが法(教え)を説示する、そのとおり、そのとおりに、このことは、為し易いことではない――〔すなわち〕家に住み止まっていながら、法螺貝を磨いたかの、絶対的に完全なる清浄にして、絶対的に円満成就した、〔完全無欠の〕梵行を歩むのは。それなら、さあ、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家してはどうだろうか』と。尊き方よ、尊貴なるマハーカッチャーナさま、わたしを出家させてください」と。

 このように言われたとき、尊者マハーカッチャーナは、在俗信者のソーナ・クティカンナに、こう言いました。「ソーナさん、為し難いことなのですよ。まさに、生あるかぎり、食事は〔一日〕一回、〔常に〕独り臥すのが、梵行です。さあ、ソーナさん、あなたは、まさしく、そこ(家)において、在家者のまま存しつつ、覚者たちの教えに専念しなさい――相応しい時に〔のみ〕、食事は〔一日〕一回、独り臥す、梵行に〔専念するのです〕」と。そこで、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナに有った、〔まさに〕その、出家の衝動ですが、それは静息しました。

 再度また、まさに……略……。再度また、まさに、尊者マハーカッチャーナは、在俗信者のソーナ・クティカンナに、こう言いました。「ソーナさん、為し難いことなのですよ。まさに、生あるかぎり、食事は〔一日〕一回、〔常に〕独り臥すのが、梵行です。さあ、ソーナさん、あなたは、まさしく、そこにおいて、在家者のまま存しつつ、覚者たちの教えに専念しなさい――相応しい時に〔のみ〕、食事は〔一日〕一回、独り臥す、梵行に〔専念するのです〕」と。そこで、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナに有った、〔まさに〕その、出家の衝動ですが、それは静息しました。

 三度また、まさに、静所に赴き坐禅する在俗信者のソーナ・クティカンナの心に、このような考えが浮かびました。「まさに、尊貴なるマハーカッチャーナさまが法(教え)を説示する、そのとおり、そのとおりに、このことは、為し易いことではない――〔すなわち〕家に住み止まっていながら、法螺貝を磨いたかの、絶対的に完全なる清浄にして、絶対的に円満成就した、〔完全無欠の〕梵行を歩むのは。それなら、さあ、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家してはどうだろうか」と。三度また、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナは、尊者マハーカッチャーナのおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者マハーカッチャーナを敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナは、尊者マハーカッチャーナに、こう言いました。

 「尊き方よ、ここに、静所に赴き坐禅するわたしの心に、このような考えが浮かびました。『まさに、尊貴なるマハーカッチャーナさまが法(教え)を説示する、そのとおり、そのとおりに、このことは、為し易いことではない――〔すなわち〕家に住み止まっていながら、法螺貝を磨いたかの、絶対的に完全なる清浄にして、絶対的に円満成就した、〔完全無欠の〕梵行を歩むのは。それなら、さあ、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家してはどうだろうか』と。尊き方よ、尊貴なるマハーカッチャーナさま、わたしを出家させてください」と。

 そこで、まさに、尊者マハーカッチャーナは、在俗信者のソーナ・クティカンナを出家させました。さて、まさに、その時、アヴァンティ〔国〕の南路は、比丘が少なく、そこで、まさに、尊者マハーカッチャーナは、三年を経過して、苦難と困難とともに、そこかしこから十衆の比丘の僧団を集めて、尊者ソーナを受戒させました(具足戒を授けた)。

 そこで、まさに、雨期を過ごした、静所に赴き坐禅する尊者ソーナの心に、このような考えが浮かびました。「まさに、わたしは、彼を、世尊を、面前に見たことがない。さらに、また、わたしは、聞いているだけである――『彼は、世尊は、このような方でもあれば、このような方でもある』と。それでは、もし、わたしのことを、師父(尊者マハーカッチャーナ)がお許しになるなら、わたしは、〔世尊のおられるところへと〕行くのだ。彼と、世尊と、相見えるために。阿羅漢と、正自覚者と、〔相見えるために〕」と。

 そこで、まさに、尊者ソーナは、夕刻時に、坐禅から出起し、尊者マハーカッチャーナのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者マハーカッチャーナを敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者ソーナは、尊者マハーカッチャーナに、こう言いました。

 「尊き方よ、ここに、静所に赴き坐禅するわたしの心に、このような考えが浮かびました。『まさに、わたしは、彼を、世尊を、面前に見たことがない。さらに、また、わたしは、聞いているだけである――「彼は、世尊は、このような方でもあれば、このような方でもある」と。それでは、もし、わたしのことを、師父がお許しになるなら、わたしは、〔世尊のおられるところへと〕行くのだ。彼と、世尊と、阿羅漢と、相見えるために。阿羅漢と、正自覚者と、〔相見えるために〕』」と。

 「ソーナよ、善いことです、善いことです。ソーナよ、あなたは、〔世尊のおられるところへと〕行きなさい。彼と、世尊と、相見えるために。阿羅漢と、正自覚者と、〔相見えるために〕。ソーナよ、あなたは、相見えるのです。彼と、世尊と――浄信の方にして浄信をおこすべき方と――〔感官の〕機能が寂静となり意“こころ”が寂静となった方と――最上の〔身の〕調御と〔心の〕寂止を獲得した方と――〔自己が〕調御され〔感官の門が〕守られ〔感官の〕機能が制された龍と。相見えて、わたしの言葉でもって、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝しなさい。病苦少なく、病悩少なく、軽快であらせられ、活力があり、平穏にお暮らしであるかを尋ねなさい。『尊き方よ、わたしの師父の尊者マハーカッチャーナは、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝し、病苦少なく、病悩少なく、軽快であらせられ、活力があり、平穏にお暮らしであるかを尋ねます』」と。

 「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者ソーナは、尊者マハーカッチャーナが語ったことを喜んで、随喜して、坐から立ち上がって、尊者マハーカッチャーナを敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、臥坐所をたたんで、鉢と衣料を取って、サーヴァッティのあるところに、そこへと遊行〔の旅〕に出ました。順次に遊行〔の旅〕を歩みながら、サーヴァッティはジェータ林の、アナータピンディカ〔長者〕の園地のあるところに、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者ソーナは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、わたしの師父の尊者マハーカッチャーナは、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝し、病苦少なく、病悩少なく、軽快であらせられ、活力があり、平穏にお暮らしであるかを尋ねます」と。

 「比丘よ、どうでしょう、大丈夫ですか。どうでしょう、順調ですか。どうでしょう、疲れ少なく旅をしてきましたか。また、〔行乞の〕食(托鉢)で疲れていませんか」と。「世尊よ、大丈夫です。世尊よ、順調です。尊き方よ、また、わたしは、疲れ少なく旅をしてきました。また、〔行乞の〕食で疲れていません」と。

 そこで、まさに、世尊は、尊者アーナンダに、語りかけました。「アーナンダよ、この来客の比丘のために、臥坐所を設置してあげなさい」と。そこで、まさに、尊者アーナンダは、こう思いました。「まさに、世尊が、その〔比丘〕のために、『アーナンダよ、この来客の比丘のために、臥坐所を設置してあげなさい』と、わたしに命じるなら、世尊は、その比丘と共に、同じ精舎(僧房)に住むことを求めている。世尊は、尊者ソーナと共に、同じ精舎に住むことを求めている」と。その精舎に――世尊が住している、〔まさに〕その精舎に――尊者ソーナのために、〔尊者アーナンダは〕臥坐所を設置しました。

 そこで、まさに、世尊は、まさしく、夜の多くを、野外の坐所で過ごして、〔両の〕足を洗って、精舎に入られました。まさに、尊者ソーナもまた、まさしく、夜の多くを、野外の坐所で過ごして、〔両の〕足を洗って、精舎に入りました。そこで、まさに、世尊は、夜が明ける時分に起きて、尊者ソーナに要請しました。「比丘よ、法(教え)が、あなたに明白となれ――〔あなたが、わたしに法を〕語るべく(あなたに法の読誦を求めます)」と。

 「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者ソーナは、世尊に答えて、アッタカ・ヴァッガ(『スッタニパータ』第四章・義品)の十六〔の経〕を、まさしく、〔その〕全てを、声をあげて語りました(読誦した)。そこで、まさに、世尊は、尊者ソーナの声唱が終了すると、大いに喜びました。「比丘よ、善いことです、善いことです。比丘よ、あなたによって、アッタカ・ヴァッガの十六〔の経〕は、善く収め取られ、善く意が為され、善く保ち置かれました(しっかりと理解され、あるがままに考慮され、正しく記憶された)。〔あなたは〕巧みな智ある言葉を具備した者です。明瞭で、誤解なく、〔正しく〕義(意味)を識知させる〔言葉〕を〔具備した者です〕。比丘よ、あなたは、〔出家して〕どれだけの年になりますか」と。「世尊よ、わたしは、〔出家して〕一年です」と。「比丘よ、では、あなたは、なぜ、このように、長いあいだ、〔出家するまでに時間を〕掛けたのですか」と。「尊き方よ、わたしは、長いあいだ、諸々の欲望〔の対象〕のうちに危険を見てきました。ですが、また、在家の居住は煩雑で、多くの為すべきことがあり、多くの用事があるのです」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「世における危険(無常の現実)を見て、依り所なき法(真理)を知って、聖者は、悪を喜ばない。清らかな者は、悪を喜ばない」と。


 〔以上が〕第六〔の経〕となる。


5.7 カンカーレーヴァタの経(47)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者カンカーレーヴァタが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、自己の、疑い〔の思い〕を超渡する清浄〔の知恵〕を注視しながら、坐っていたのです。

 まさに、世尊は、尊者カンカーレーヴァタが、遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、自己の、疑い〔の思い〕を超渡する清浄〔の知恵〕を注視しながら、坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「この〔世〕であろうと、あの〔世〕であろうと、諸々の疑い〔の思い〕であるなら、それらが何であれ、自らのものとして知られるべき諸々のものであろうと、他のものとして知られるべき諸々のものであろうと、彼ら、瞑想者たちは、それらの一切を捨棄する――梵行を歩む、熱情ある者たちとして」と。


 〔以上が〕第七〔の経〕となる。


5.8 僧団の分裂の経(48)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ラージャガハに住しておられます。ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパにおいて。さて、まさに、その時、尊者アーナンダは、斎戒のその日、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、ラージャガハに〔行乞の〕食のために入りました。

 まさに、デーヴァダッタは、尊者アーナンダが、〔行乞の〕食のためにラージャガハを歩んでいるのを見ました。見て、尊者アーナンダのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者アーナンダに、こう言いました。「友よ、アーナンダよ、今日以後、今やもう、わたしは、まさしく、世尊とは別個に、比丘の僧団とは別個に、斎戒を為すつもりだ。さらには、諸々の僧団の行為(行事・作法)を〔為すつもりだ〕」と。

 そこで、まさに、尊者アーナンダは、ラージャガハを〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者アーナンダは、世尊に、こう言いました。

 「尊き方よ、ここに、わたしは、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、ラージャガハに〔行乞の〕食のために入りました。尊き方よ、まさに、デーヴァダッタは、わたしが、〔行乞の〕食のためにラージャガハを歩んでいるのを見ました。見て、わたしのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、わたしに、こう言いました。『友よ、アーナンダよ、今日以後、今やもう、わたしは、まさしく、世尊とは別個に、比丘の僧団とは別個に、斎戒を為すつもりだ。さらには、諸々の僧団の行為を〔為すつもりだ〕』と。尊き方よ、今日、デーヴァダッタは、僧団を分裂するつもりです。なおかつ、斎戒を為すつもりです。さらには、諸々の僧団の行為を〔為すつもりです〕」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「善き者に、善きことは、為し易い。悪しき者に、善きことは、為し難い。悪しき者に、悪しきことは、為し易い。聖者たちに、悪しきことは、為し難い」と。


 〔以上が〕第八〔の経〕となる。


5.9 大騒ぎをしながらの経(49)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、コーサラ〔国〕で、大勢の比丘の僧団と共に、遊行〔の旅〕を歩んでおられます。さて、まさに、その時、大勢の〔婆羅門の〕学徒たちが、世尊から遠く離れていないところで、大騒ぎをしながら〔浮かれた〕様子で通り過ぎます。まさに、世尊は、大勢の〔婆羅門の〕学徒たちが、遠く離れていないところで、大騒ぎをしながら〔浮かれた〕様子で通り過ぎるのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「錯乱した談論者である〔自称〕賢者たち、〔虚妄の〕言葉を境涯として談じ回る者たち、〔彼らが〕口を開くことを求めるかぎり、それによって、〔彼らが〕導かれたとして、知者は、それを〔認め〕ない」と。


 〔以上が〕第九〔の経〕となる。


5.10 チューラパンタカの経(50)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者チューラパンタカが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、全面に気づきを現起させて、坐っていたのです。

 まさに、世尊は、尊者チューラパンタカが、遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、全面に気づきを現起させて、坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「安立した身体によって、安立した心によって、立ち、坐り、あるいは、また、臥している者――この気づきを〔常に〕確立している比丘は、過去と未来の殊勝なる〔地位〕(輪廻からの解脱)を得るであろう。過去と未来の殊勝なる〔地位〕を得て、死魔の王の見えざるところ(彼岸)に行くであろう」と。


 〔以上が〕第十〔の経〕となる。


 ソーナの章が、第五となる。


 その〔章〕のための、摂頌となる。


 〔しかして、詩偈に言う〕「愛しいもの、短命の者たち、癩病者、少年たち、斎戒、および、ソーナ、レーヴァタ、分裂、大騒ぎ、および、パンタカとともに、〔それらの十がある〕」と。


6 生まれながらの盲者の章


6.1 寿命を形成する働きを捨棄することの経(51)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ヴェーサーリーに住しておられます。マハー林の二階建て堂舎(重閣講堂)において。そこで、まさに、世尊は、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、ヴェーサーリーに〔行乞の〕食のために入りました。ヴェーサーリーを〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、尊者アーナンダに語りかけました。「アーナンダよ、坐具を収め取りなさい。〔わたしたちは〕昼の休息のために、チャーパーラ塔廟のあるところに、そこへと近づいて行くのです」と。

 「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者アーナンダは、世尊に答えて、坐具を収め取って、背後から背後へと、世尊に付き従いました。そこで、まさに、世尊は、チャーパーラ塔廟のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、設けられた坐に坐られました。坐られて、まさに、世尊は、尊者アーナンダに語りかけました。

 「アーナンダよ、ヴェーサーリーは喜ばしいところです。ウデーナ塔廟は喜ばしいところです。ゴータマカ塔廟は喜ばしいところです。サッタンバ塔廟は喜ばしいところです。バフプッタ塔廟は喜ばしいところです。サーランダダ塔廟は喜ばしいところです。チャーパーラ塔廟は喜ばしいところです。アーナンダよ、誰であれ、彼の、四つの神通の足場(四神足:意欲・心・精進・考察)が、修行され、多く為され、乗物(手段)として作り為され、地所(基盤)として作り為され、奮起され、蓄積され、善く正しく勉励されたなら、彼は、望んでいるなら、あるいは、命数のあいだ、〔世に〕止“とど”まることができます――あるいは、命数と残余のあいだ、〔世に止まることができます〕。アーナンダよ、まさに、如来の、四つの神通の足場は、修行され、多く為され、乗物として作り為され、地所として作り為され、奮起され、蓄積され、善く正しく勉励されました。アーナンダよ、如来は、望んでいるなら、あるいは、命数のあいだ、〔世に〕止まることができます――あるいは、命数と残余のあいだ、〔世に止まることができます〕」と。

 たとえ、このように、まさに、尊者アーナンダは、世尊によって、大まかな示相が為されながらも、大まかな暗示が為されながらも、〔それを〕理解することができませんでした。世尊に乞い求めることをしませんでした。〔すなわち〕「尊き方よ、世尊として、命数のあいだ、〔世に〕止まってください。善き至達者(善逝)として、命数のあいだ、〔世に〕止まってください。多くの人の利益のために、多くの人の安楽のために、世〔の人々〕への慈しみという義(目的)のために、天〔の神々〕たちや人間たちの、利益のために、安楽のために」と。まるで、それは、悪魔によって、心が完全に包囲されていたかのように。再度また……略……三度また、まさに、世尊は、尊者アーナンダに語りかけました。

 「アーナンダよ、ヴェーサーリーは喜ばしいところです。ウデーナ塔廟は喜ばしいところです。ゴータマカ塔廟は喜ばしいところです。サッタンバ塔廟は喜ばしいところです。バフプッタ塔廟は喜ばしいところです。サーランダダ塔廟は喜ばしいところです。チャーパーラ塔廟は喜ばしいところです。アーナンダよ、誰であれ、彼の、四つの神通の足場が、修行され、多く為され、乗物として作り為され、地所として作り為され、奮起され、蓄積され、善く正しく勉励されたなら、彼は、望んでいるなら、あるいは、命数のあいだ、〔世に〕止まることができます――あるいは、命数と残余のあいだ、〔世に止まることができます〕。アーナンダよ、まさに、如来の、四つの神通の足場は、修行され、多く為され、乗物として作り為され、地所として作り為され、奮起され、蓄積され、善く正しく勉励されました。アーナンダよ、如来は、望んでいるなら、あるいは、命数のあいだ、〔世に〕止まることができます――あるいは、命数と残余のあいだ、〔世に止まることができます〕」と。

 たとえ、このように、まさに、尊者アーナンダは、世尊によって、大まかな示相“ほのめかし”が為されながらも、大まかな暗示が為されながらも、〔それを〕理解することができませんでした。世尊に乞い求めることをしませんでした。〔すなわち〕「尊き方よ、世尊として、命数のあいだ、〔世に〕止まってください。善き至達者として、命数のあいだ、〔世に〕止まってください。多くの人の利益のために、多くの人の安楽のために、世〔の人々〕への慈しみという義(目的)のために、天〔の神々〕たちや人間たちの、利益のために、安楽のために」と。まるで、それは、悪魔によって、心が完全に包囲されていたかのように。

 そこで、まさに、世尊は、尊者アーナンダに語りかけました。「アーナンダよ、行きなさい。今が、そのための時と、あなたが思うのなら〔そうしなさい〕」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者アーナンダは、世尊に答えて、坐所から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、遠く離れていないところの、或るどこかの木の根元に坐りました。

 そこで、まさに、悪魔パーピマントは、尊者アーナンダが立ち去ったあと、長からずして、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、一方に立ちました。一方に立った、まさに、悪魔パーピマントは、世尊に、こう言いました。

 「尊き方よ、今や、世尊として、完全なる涅槃に到達してください。善き至達者として、完全なる涅槃に到達してください。尊き方よ、今や、世尊にとって、完全なる涅槃に到達する時です。尊き方よ、さてまた、まさに、この言葉は、世尊によって語られたのです。〔すなわち〕『パーピマントよ、わたしは、それまでは、完全なる涅槃に到達することはないでしょう。〔すなわち〕わたしの弟子である比丘たちが、明敏で、〔正しく〕教え導かれ、〔道に〕熟達し、多聞の者たちとなり、法(教え)を保つ者たちとなり、法(教え)を法(教え)のままに実践する者たちとなり、正しく実践する者たちとなり、法(教え)のままに行じおこなう者たちとなり、自らの師匠の〔法〕を〔正しく〕収め取って、〔他に〕告げ知らせ、説示し、知らしめ、確立し、開顕し、区分し、明瞭と為し、法(道理)を用いることで、生起した異論を、善く制御されたものへと制御して、〔教示の〕神変を有する法(解脱に導く教え)を説示する〔という、そのような〕ことがないかぎりは』と。尊き方よ、さてまた、今現在、まさに、世尊の弟子である比丘たちは、明敏で、〔正しく〕教え導かれ、〔道に〕熟達し、多聞の者たちとなり、法(教え)を保つ者たちとなり、法(教え)を法(教え)のままに実践する者たちとなり、正しく実践する者たちとなり、法(教え)のままに行じおこなう者たちとなり、自らの師匠の〔法〕を〔正しく〕収め取って、〔他に〕告げ知らせ、説示し、知らしめ、確立し、開顕し、区分し、明瞭と為し、法(道理)を用いることで、生起した異論を、善く制御されたものへと制御して、〔教示の〕神変を有する法(教え)を説示します。尊き方よ、今や、世尊として、完全なる涅槃に到達してください。善き至達者として、完全なる涅槃に到達してください。尊き方よ、今や、世尊にとって、完全なる涅槃に到達する時です。

 尊き方よ、さてまた、まさに、この言葉は、世尊によって語られたのです。〔すなわち〕『パーピマントよ、わたしは、それまでは、完全なる涅槃に到達することはないでしょう。〔すなわち〕わたしの弟子である比丘尼たちが、明敏で、〔正しく〕教え導かれ、〔道に〕熟達し、多聞の者たちとなり、法(教え)を保つ者たちとなり、法(教え)を法(教え)のままに実践する者たちとなり、正しく実践する者たちとなり、法(教え)のままに行じおこなう者たちとなり、自らの師匠の〔法〕を〔正しく〕収め取って、〔他に〕告げ知らせ、説示し、知らしめ、確立し、開顕し、区分し、明瞭と為し、法(道理)を用いることで、生起した異論を、善く制御されたものへと制御して、〔教示の〕神変を有する法(解脱に導く教え)を説示する〔という、そのような〕ことがないかぎりは』と。尊き方よ、さてまた、今現在、まさに、世尊の弟子である比丘尼たちは、明敏で、〔正しく〕教え導かれ、〔道に〕熟達し、多聞の者たちとなり、法(教え)を保つ者たちとなり、法(教え)を法(教え)のままに実践する者たちとなり、正しく実践する者たちとなり、法(教え)のままに行じおこなう者たちとなり、自らの師匠の〔法〕を〔正しく〕収め取って、〔他に〕告げ知らせ、説示し、知らしめ、確立し、開顕し、区分し、明瞭と為し、法(道理)を用いることで、生起した異論を、善く制御されたものへと制御して、〔教示の〕神変を有する法(教え)を説示します。尊き方よ、今や、世尊として、完全なる涅槃に到達してください。善き至達者として、完全なる涅槃に到達してください。尊き方よ、今や、世尊にとって、完全なる涅槃に到達する時です。

 尊き方よ、さてまた、まさに、この言葉は、世尊によって語られたのです。〔すなわち〕『パーピマントよ、わたしは、それまでは、完全なる涅槃に到達することはないでしょう。〔すなわち〕わたしの弟子である在俗信者たちが、明敏で、〔正しく〕教え導かれ、〔道に〕熟達し、多聞の者たちとなり、法(教え)を保つ者たちとなり、法(教え)を法(教え)のままに実践する者たちとなり、正しく実践する者たちとなり、法(教え)のままに行じおこなう者たちとなり、自らの師匠の〔法〕を〔正しく〕収め取って、〔他に〕告げ知らせ、説示し、知らしめ、確立し、開顕し、区分し、明瞭と為し、法(道理)を用いることで、生起した異論を、善く制御されたものへと制御して、〔教示の〕神変を有する法(解脱に導く教え)を説示する〔という、そのような〕ことがないかぎりは』と。尊き方よ、さてまた、今現在、まさに、世尊の弟子である在俗信者たちは、明敏で、〔正しく〕教え導かれ、〔道に〕熟達し、多聞の者たちとなり、法(教え)を保つ者たちとなり、法(教え)を法(教え)のままに実践する者たちとなり、正しく実践する者たちとなり、法(教え)のままに行じおこなう者たちとなり、自らの師匠の〔法〕を〔正しく〕収め取って、〔他に〕告げ知らせ、説示し、知らしめ、確立し、開顕し、区分し、明瞭と為し、法(道理)を用いることで、生起した異論を、善く制御されたものへと制御して、〔教示の〕神変を有する法(教え)を説示します。尊き方よ、今や、世尊として、完全なる涅槃に到達してください。善き至達者として、完全なる涅槃に到達してください。尊き方よ、今や、世尊にとって、完全なる涅槃に到達する時です。

 尊き方よ、さてまた、まさに、この言葉は、世尊によって語られたのです。〔すなわち〕『パーピマントよ、わたしは、それまでは、完全なる涅槃に到達することはないでしょう。〔すなわち〕わたしの弟子である女性在俗信者たちが、明敏で、〔正しく〕教え導かれ、〔道に〕熟達し、多聞の者たちとなり、法(教え)を保つ者たちとなり、法(教え)を法(教え)のままに実践する者たちとなり、正しく実践する者たちとなり、法(教え)のままに行じおこなう者たちとなり、自らの師匠の〔法〕を〔正しく〕収め取って、〔他に〕告げ知らせ、説示し、知らしめ、確立し、開顕し、区分し、明瞭と為し、法(道理)を用いることで、生起した異論を、善く制御されたものへと制御して、〔教示の〕神変を有する法(解脱に導く教え)を説示する〔という、そのような〕ことがないかぎりは』と。尊き方よ、さてまた、今現在、まさに、世尊の弟子である女性在俗信者たちは、明敏で、〔正しく〕教え導かれ、〔道に〕熟達し、多聞の者たちとなり、法(教え)を保つ者たちとなり、法(教え)を法(教え)のままに実践する者たちとなり、正しく実践する者たちとなり、法(教え)のままに行じおこなう者たちとなり、自らの師匠の〔法〕を〔正しく〕収め取って、〔他に〕告げ知らせ、説示し、知らしめ、確立し、開顕し、区分し、明瞭と為し、法(道理)を用いることで、生起した異論を、善く制御されたものへと制御して、〔教示の〕神変を有する法(教え)を説示します。尊き方よ、今や、世尊として、完全なる涅槃に到達してください。善き至達者として、完全なる涅槃に到達してください。尊き方よ、今や、世尊にとって、完全なる涅槃に到達する時です。

 尊き方よ、さてまた、まさに、この言葉は、世尊によって語られたのです。〔すなわち〕『パーピマントよ、わたしは、それまでは、完全なる涅槃に到達することはないでしょう。〔すなわち〕わたしの、この梵行(禁欲清浄行)が、天〔の神々〕たちや人間たちによって見事に明示されるまでに、まさしく、実現もすれば、繁栄もし、拡張し、多く知られ、広がったものとなる〔という、そのような〕ことがないかぎりは』と。尊き方よ、さてまた、今現在、まさに、世尊の梵行は、天〔の神々〕たちや人間たちによって見事に明示されるまでに、まさしく、実現もすれば、繁栄もし、拡張し、多くの者に知られ、広がっています。尊き方よ、今や、世尊として、完全なる涅槃に到達してください。善き至達者として、完全なる涅槃に到達してください。尊き方よ、今や、世尊にとって、完全なる涅槃に到達する時です」と。

 このように言われたとき、世尊は、悪魔パーピマントに、こう言いました。「パーピマントよ、あなたは、思い入れの少ない者となります(心配はいりません)。長からずして、如来には、完全なる涅槃が有るでしょう。これから、三月が過ぎれば、如来は、完全なる涅槃に到達するでしょう」と。

 そこで、まさに、世尊は、チャーパーラ塔廟において、気づきと正知の者となり、寿命を形成する働き(行:意志・意欲)を捨てられました。そして、世尊が、寿命を形成する働きを捨てられたとき、身の毛のよだつ恐ろしい大地震が有り、さらには、諸々の天の雷鼓が炸裂しました(雷鳴が轟いた)。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「牟尼は、比べられるもの、および、無比なるものを、〔自己から〕発生するもの(自己に都合よく想い描かれた世界のあり方)を、〔迷いの〕生存を形成する働きを、捨て去った。内に喜びあり、〔心が〕定められた者は、鎧を〔壊し去る〕ように、自己から発生するものを壊し去った」と。


 〔以上が〕第一〔の経〕となる。


6.2 七者の結髪者の経(52)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティ(舎衛城)に住しておられます。東の園地にあるミガーラ・マートゥの高楼(鹿母講堂:ミガーラの母のヴィサーカーが寄進した堂舎)において。さて、まさに、その時、世尊は、夕刻時に、坐禅から出起され、門小屋の外に坐っておられます。そこで、まさに、コーサラ〔国〕のパセーナディ王は、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。

 さて、まさに、その時、脇毛や爪や体毛を長くした、七者の結髪者と、七者の離繋者(ジャイナ教徒)と、七者の無衣者と、七者の一衣者と、七者の遍歴遊行者とが、カーリ(升目の単位・一石)の天秤棒を担いで、世尊から遠く離れていないところを通り過ぎます。

 まさに、コーサラ〔国〕のパセーナディ王は、脇毛や爪や体毛を長くした、彼ら、七者の結髪者と、七者の離繋者と、七者の無衣者と、七者の一衣者と、七者の遍歴遊行者とが、カーリの天秤棒を担いで、世尊から遠く離れていないところを通り過ぎるのを見ました。見て、坐から立ち上がって、一つの肩に上衣を掛けて、右の膝頭を地に着けて、彼ら――七者の結髪者と、七者の離繋者と、七者の無衣者と、七者の一衣者と、七者の遍歴遊行者と――のいるところに、そこへと合掌を手向けて、三回、名前を告げ聞かせました。「尊き方々よ、わたしは、コーサラ〔国〕のパセーナディ王です」「尊き方々よ、わたしは、コーサラ〔国〕のパセーナディ王です」「尊き方々よ、わたしは、コーサラ〔国〕のパセーナディ王です」と。

 そこで、まさに、コーサラ〔国〕のパセーナディ王は、彼ら――七者の結髪者と、七者の離繋者と、七者の無衣者と、七者の一衣者と、七者の遍歴遊行者と――が立ち去ったあと、長からずして、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、コーサラ〔国〕のパセーナディ王は、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、或る者たちが、まさに、世において、あるいは、阿羅漢たちとしてあり、あるいは、阿羅漢道に入定した者たちとしてあるなら、これらの者たちは、彼らのなかの或るひとりなのでしょうか」と。

 「大王よ、まさに、このことは、知り難いことなのです。欲望〔の対象〕を受益する在家者である、あなたによっては――〔すなわち〕子どもに煩わされる臥所に住んでいる者、カーシ産の栴檀を味わっている者、花飾や香料や塗料を〔身に〕付けている者、金や銀を愛用している者〔である、あなた〕によっては――『あるいは、これらの者たちが、阿羅漢たちとしてあるのか、あるいは、これらの者たちが、阿羅漢の道に入定した者たちとしてあるのか』という、〔このことは、知り難いことなのです〕。

 大王よ、まさに、戒は、共住によって知られるべきものなのです。そして、それは、まさに、長い時間をかけて――暫しのあいだ、ではなく――意を為している者によって〔知られるべきものなのです〕。意を為していない者によって、ではありません。知慧ある者によって〔知られるべきものなのです〕。知慧が浅い者によって、ではありません。大王よ、まさに、〔人の〕清らかさは、対話によって知られるべきものなのです。そして、それは、まさに、長い時間をかけて――暫しのあいだ、ではなく――意を為している者によって〔知られるべきものなのです〕。意を為していない者によって、ではありません。知慧ある者によって〔知られるべきものなのです〕。知慧が浅い者によって、ではありません。大王よ、まさに、〔人の〕強さは、諸々の逆境において知られるべきものなのです。そして、それは、まさに、長い時間をかけて――暫しのあいだ、ではなく――意を為している者によって〔知られるべきものなのです〕。意を為していない者によって、ではありません。知慧ある者によって〔知られるべきものなのです〕。知慧が浅い者によって、ではありません。大王よ、まさに、知慧は、論議〔の場〕において知られるべきものなのです。そして、それは、まさに、長い時間をかけて――暫しのあいだ、ではなく――意を為している者によって〔知られるべきものなのです〕。意を為していない者によって、ではありません。知慧ある者によって〔知られるべきものなのです〕。知慧が浅い者によって、ではありません」と。

 「尊き方よ、めったにないことです。尊き方よ、はじめてのことです。尊き方よ、また、それほどまでに、このことが見事に語られたのは。〔すなわち〕世尊によって、『大王よ、まさに、このことは、知り難いことなのです。欲望〔の対象〕を受益する在家者である、あなたによっては――〔すなわち〕子どもに煩わされる臥所に住んでいる者、カーシ産の栴檀を味わっている者、花飾や香料や塗料で〔身に〕付けている者、金や銀を愛用している者である、〔あなた〕によっては――「あるいは、これらの者たちが、阿羅漢たちとしてあるのか、あるいは、これらの者たちが、阿羅漢の道に入った者たちとしてあるのか」という、〔このことは、知り難いことなのです〕。大王よ、まさに、戒は、共住によって知られるべきものなのです……略……。大王よ、まさに、知慧は、論議〔の場〕において知られるべきものなのです。そして、それは、まさに、長い時間をかけて――暫しのあいだ、ではなく――意を為している者によって〔知られるべきものなのです〕。意を為していない者によって、ではありません。知慧ある者によって〔知られるべきものなのです〕。知慧が浅い者によって、ではありません』と。

 尊き方よ、これらの者たちは、わたしの家来たちでありまして、盗賊として、密偵として、地方を偵察してまわっています。彼らが、最初に偵察し、わたしは、そのあとで訪ねるのです。尊き方よ、今や、彼らは、〔まさに〕その、塵と垢を流し去って、善く沐浴し、善く塗油し、髪と髭を整え、白い衣を着る者たちとなり、五つの欲望の対象(五妙欲:色・声・香・味・触)を供与され、保有する者たちとなって、楽しむのです」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「一切所で〔利己的に〕努めることがないように。他者の家来(他者に隷従する者)として存することがないように。他者に依存して生きることがないように。法(教え)による請求(説法の対価を要求すること)を行じおこなうことがないように」と。


 〔以上が〕第二〔の経〕となる。


6.3 注視の経(53)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地(祇園精舎)において。さて、まさに、その時、世尊は、自己の、〔過去に〕捨棄された無数の悪しき善ならざる諸法(性質)を、さらには、修行を円満成就するに至った無数の善なる諸法(性質)を、注視しながら、坐しておられたのです。

 そこで、まさに、世尊は、自己の、〔過去に〕捨棄された無数の悪しき善ならざる諸法(性質)を、さらには、修行を円満成就するに至った無数の善なる諸法(性質)を、〔あるがままに〕知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「かつては有ったが、そのときは有りえなかった。かつては有りえなかったが、そのときは有った。有ったこともなく、有るであろうこともなく、今現在も見い出されない」と。


 〔以上が〕第三〔の経〕となる。


6.4 第一の種々なる異教の者たちの経(54)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、大勢の、種々なる異教の沙門や婆羅門や遍歴遊行者たちが、サーヴァッティに滞在しています。種々なる見解があり、種々なる忍耐(信受)があり、種々なる嗜好(意欲)があり、種々なる見解を依所とする、依存ある者たちとして。

 (1)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「世〔界〕は、常恒である。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (2)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「世〔界〕は、常恒ならざるものである。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (3)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「世〔界〕は、終極がある。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (4)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「世〔界〕は、終極がない。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (5)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「そのものとして生命があり、そのものとして肉体がある(生命と肉体は同じものである)。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (6)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「他のものとして生命があり、他のものとして肉体がある(生命と肉体は別のものである)。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (7)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「如来は、死後に有る。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (8)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「如来は、死後に有ることがない。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (9)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「如来は、死後に、有ることもあれば、有ることがないこともある。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (10)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「如来は、死後に、有ることもなければ、有ることがないこともない。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 彼らは、口論を生じ、紛争を生じ、論争を起こし、互いに他を、諸々の口の刃で突きながら、住しています。「このようなものが、法(真理)であり、このようなものは、法(真理)ではない」「このようなものは、法(真理)ではなく、このようなものが、法(真理)である」と。

 そこで、まさに、大勢の比丘たちは、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、サーヴァッティに〔行乞の〕食のために入りました。サーヴァッティを〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。

 「尊き方よ、ここに、大勢の、種々なる異教の沙門や婆羅門や遍歴遊行者たちが、サーヴァッティに滞在しています。種々なる見解があり、種々なる忍耐があり、種々なる嗜好があり、種々なる見解を依所とする、依存ある者たちとして。

 或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕『世〔界〕は、常恒である。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である』と……略……。彼らは、口論を生じ、紛争を生じ、論争を起こし、互いに他を、諸々の口の刃で突きながら、住しています。『このようなものが、法(真理)であり、このようなものは、法(真理)ではない』『このようなものは、法(真理)ではなく、このようなものが、法(真理)である』」と。

 「比丘たちよ、他の異教の遍歴遊行者たちは、盲者たちであり、眼“まなこ”なき者たちです。義(道理)を知らず、義(道理)ならざることを知らず、法(真理)を知らず、法(真理)ならざることを知りません。彼らは、義(道理)を知らずにいる者たちであり、義(道理)ならざることを知らずにいる者たちであり、法(真理)を知らずにいる者たちであり、法(真理)ならざることを知らずにいる者たちです。口論を生じ、紛争を生じ、論争を起こし、互いに他を、諸々の口の刃で突きながら、住しています。『このようなものが、法(真理)であり、このようなものは、法(真理)ではない』『このようなものは、法(真理)ではなく、このようなものが、法(真理)である』と。

 比丘たちよ、過去の事ですが、まさしく、このサーヴァッティに、或るひとりの王が、〔世に〕有りました。比丘たちよ、そこで、まさに、その王は、或るひとりの家来に語りかけました。『さて、家来よ、さあ、おまえは、サーヴァッティにいるかぎりの生まれながらの盲者たちであるが、彼らを全て、一ヶ所に集めよ』と。比丘たちよ、『陛下よ、わかりました』と、まさに、その家来は、その王に答えて、サーヴァッティにいるかぎりの生まれながらの盲者たちですが、彼らを全て、〔一ケ所に〕収容して、その王のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、その王に、こう言いました。『陛下よ、まさに、彼らが集められました。サーヴァッティにいるかぎりの生まれながらの盲者たちです』と。『それでは、まさに、申し付ける。生まれながらの盲者たちに、象を見せよ(象とはどのようなものか、理解させよ)』と。比丘たちよ、『陛下よ、わかりました』と、まさに、その家来は、その王に答えて、生まれながらの盲者たちに、象を見せました。 

 一部の生まれながらの盲者たちには、象の頭を見せました(手でさわらせた)。『生まれながらの盲者たちよ、このようなものが、象である』と。一部の生まれながらの盲者たちには、象の耳を見せました。『生まれながらの盲者たちよ、このようなものが、象である』と。一部の生まれながらの盲者たちには、象の牙を見せました。『生まれながらの盲者たちよ、このようなものが、象である』と。一部の生まれながらの盲者たちには、象の鼻を見せました。『生まれながらの盲者たちよ、このようなものが、象である』と。一部の生まれながらの盲者たちには、象の身体を見せました。『生まれながらの盲者たちよ、このようなものが、象である』と。一部の生まれながらの盲者たちには、象の足を見せました。『生まれながらの盲者たちよ、このようなものが、象である』と。一部の生まれながらの盲者たちには、象の腿を見せました。『生まれながらの盲者たちよ、このようなものが、象である』と。一部の生まれながらの盲者たちには、象の尾を見せました。『生まれながらの盲者たちよ、このようなものが、象である』と。一部の生まれながらの盲者たちには、象の尾の先端を見せました。『生まれながらの盲者たちよ、このようなものが、象である』と。

 比丘たちよ、そこで、まさに、その家来は、生まれながらの盲者たちに象を見せて、その王のいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、その王に、こう言いました。『陛下よ、まさに、それらの生まれながらの盲者たちは、象を見ました。今が、そのための時と、〔陛下が〕お思いになるのなら〔思いのままに〕』と。

 比丘たちよ、そこで、まさに、その王は、それらの生まれながらの盲者たちのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、それらの生まれながらの盲者たちに、こう言いました。『生まれながらの盲者たちよ、おまえたちは、象を見たのか』と。『陛下よ、そのとおりです。わたしたちは、象を見ました』と。『生まれながらの盲者たちよ、どのようなものが、象であるのか、説いてみよ』と。

 比丘たちよ、象の頭を見た、生まれながらの盲者たちですが、彼らは、このように言いました。『陛下よ、このようなものが、象です。それは、たとえば、また、瓶“かめ”のようなものです』と。

 比丘たちよ、象の耳を見た、生まれながらの盲者たちですが、彼らは、このように言いました。『陛下よ、このようなものが、象です。それは、たとえば、また、箕“み”のようなものです』と。

 比丘たちよ、象の牙を見た、生まれながらの盲者たちですが、彼らは、このように言いました。『陛下よ、このようなものが、象です。それは、たとえば、また、杭のようなものです』と。

 比丘たちよ、象の鼻を見た、生まれながらの盲者たちですが、彼らは、このように言いました。『陛下よ、このようなものが、象です。それは、たとえば、また、鋤“すき”のようなものです』と。

 比丘たちよ、象の身体を見た、生まれながらの盲者たちですが、彼らは、このように言いました。『陛下よ、このようなものが、象です。それは、たとえば、また、蔵のようなものです』と。

 比丘たちよ、象の足を見た、生まれながらの盲者たちですが、彼らは、このように言いました。『陛下よ、このようなものが、象です。それは、たとえば、また、柱のようなものです』と。

 比丘たちよ、象の腿を見た、生まれながらの盲者たちですが、彼らは、このように言いました。『陛下よ、このようなものが、象です。それは、たとえば、また、臼のようなものです』と。

 比丘たちよ、象の尾を見た、生まれながらの盲者たちですが、彼らは、このように言いました。『陛下よ、このようなものが、象です。それは、たとえば、また、杵のようなものです』と。

 比丘たちよ、象の尾の先端を見た、生まれながらの盲者たちですが、彼らは、このように言いました。『陛下よ、このようなものが、象です。それは、たとえば、また、箒“ほうき”のようなものです』と。

 彼らは、『このようなものが、象であり、このようなものは、象ではない』『このようなものは、象ではなく、このようなものが、象である』と、互いに他を、諸々の拳で殴り合いました。比丘たちよ、そして、いっぽう、それによって、その王は、わが意を得た者と成りました。

 比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、他の異教の遍歴遊行者たちは、盲者たちであり、眼なき者たちです。義(道理)を知らず、義(道理)ならざることを知らず、法(真理)を知らず、法(真理)ならざることを知りません。彼らは、義(道理)を知らずにいる者たちであり、義(道理)ならざることを知らずにいる者たちであり、法(真理)を知らずにいる者たちであり、法(真理)ならざることを知らずにいる者たちです。口論を生じ、紛争を生じ、論争を起こし、互いに他を、諸々の口の刃で突きながら、住しています。『このようなものが、法(真理)であり、このようなものは、法(真理)ではない』『このようなものは、法(真理)ではなく、このようなものが、法(真理)である』」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「或る沙門や婆羅門たちは、まさに、これら〔の見解〕に執着する。一部分〔だけ〕を見る人たちは、その〔一部分〕に執持して論争する」と。


 〔以上が〕第四〔の経〕となる。


6.5 第二の種々なる異教の者たちの経(55)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、大勢の、種々なる異教の沙門や婆羅門や遍歴遊行者たちが、サーヴァッティに滞在しています。種々なる見解があり、種々なる忍耐(信受)があり、種々なる嗜好(意欲)があり、種々なる見解を依所とする、依存ある者たちとして。

 (1)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、常恒である。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (2)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、常恒ならざるものである。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (3)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、常恒でもあれば、常恒ならざるものでもある。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (4)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、常恒でもなければ、常恒ならざるものでもない。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (5)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、自作されたものである。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (6)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、他作されたものである。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (7)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、自作されたものでもあれば、他作されたものでもある。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (8)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、自作のものではなく、他作のものではなく、偶発生起したものである。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (9)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、常恒である。自己も、世〔界〕も、〔常恒である〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (10)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、常恒ならざるものである。自己も、世〔界〕も、〔常恒ならざるものである〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (11)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、常恒でもあれば、常恒ならざるものでもある。自己も、世〔界〕も、〔常恒でもあれば、常恒ならざるものでもある〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (12)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、常恒でもなければ、常恒ならざるものでもない。自己も、世〔界〕も、〔常恒でもなければ、常恒ならざるものでもない〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (13)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、自作されたものである。自己も、世〔界〕も、〔自作されたものである〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (14)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、他作されたものである。自己も、世〔界〕も、〔他作されたものである〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (15)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、自作されたものでもあれば、他作されたものでもある。自己も、世〔界〕も、〔自作されたものでもあれば、他作されたものでもある〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (16)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、自作のものではなく、他作のものではなく、偶発生起したものである。自己も、世〔界〕も、〔自作のものではなく、他作のものではなく、偶発生起したものである〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 彼らは、口論を生じ、紛争を生じ、論争を起こし、互いに他を、諸々の口の刃で突きながら、住しています。「このようなものが、法(真理)であり、このようなものは、法(真理)ではない」「このようなものは、法(真理)ではなく、このようなものが、法(真理)である」と。

 そこで、まさに、大勢の比丘たちは、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、サーヴァッティに〔行乞の〕食のために入りました。サーヴァッティを〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。

 「尊き方よ、ここに、大勢の、種々なる異教の沙門や婆羅門や遍歴遊行者たちが、サーヴァッティに滞在しています。種々なる見解があり、種々なる忍耐があり、種々なる嗜好があり、種々なる見解を依所とする、依存ある者たちとして。

 或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕『自己も、世〔界〕も、常恒である。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である』と……略……。彼らは、口論を生じ、紛争を生じ、論争を起こし、互いに他を、諸々の口の刃で突きながら、住しています。『このようなものが、法(真理)であり、このようなものは、法(真理)ではない』『このようなものは、法(真理)ではなく、このようなものが、法(真理)である』」と。

 「比丘たちよ、他の異教の遍歴遊行者たちは、盲者たちであり、眼なき者たちです。義(道理)を知らず、義(道理)ならざることを知らず、法(真理)を知らず、法(真理)ならざることを知りません。彼らは、義(道理)を知らずにいる者たちであり、義(道理)ならざることを知らずにいる者たちであり、法(真理)を知らずにいる者たちであり、法(真理)ならざることを知らずにいる者たちです。口論を生じ、紛争を生じ、論争を起こし、互いに他を、諸々の口の刃で突きながら、住しています。『このようなものが、法(真理)であり、このようなものは、法(真理)ではない』『このようなものは、法(真理)ではなく、このようなものが、法(真理)である』」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「或る沙門や婆羅門たちは、まさに、これら〔の見解〕に執着する。〔不死への〕沈潜(涅槃)という、その〔境地〕を、まさしく、得ずして、まさしく、中途に沈む」と。


 〔以上が〕第五〔の経〕となる。


6.6 第三の種々なる異教の者たちの経(56)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、大勢の、種々なる異教の沙門や婆羅門や遍歴遊行者たちが、サーヴァッティに滞在しています。種々なる見解があり、種々なる忍耐(信受)があり、種々なる嗜好(意欲)があり、種々なる見解を依所とする、依存ある者たちとして。

 (1)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、常恒である。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (2)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、常恒ならざるものである。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (3)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、常恒でもあれば、常恒ならざるものでもある。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (4)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、常恒でもなければ、常恒ならざるものでもない。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (5)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、自作されたものである。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (6)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、他作されたものである。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (7)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、自作されたものでもあれば、他作されたものでもある。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (8)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「自己も、世〔界〕も、自作のものではなく、他作のものではなく、偶発生起したものである。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (9)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、常恒である。自己も、世〔界〕も、〔常恒である〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (10)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、常恒ならざるものである。自己も、世〔界〕も、〔常恒ならざるものである〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (11)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、常恒でもあれば、常恒ならざるものでもある。自己も、世〔界〕も、〔常恒でもあれば、常恒ならざるものでもある〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (12)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、常恒でもなければ、常恒ならざるものでもない。自己も、世〔界〕も、〔常恒でもなければ、常恒ならざるものでもない〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (13)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、自作されたものである。自己も、世〔界〕も、〔自作されたものである〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (14)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、他作されたものである。自己も、世〔界〕も、〔他作されたものである〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (15)或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、自作されたものでもあれば、他作されたものでもある。自己も、世〔界〕も、〔自作されたものでもあれば、他作されたものでもある〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 (16)また、或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕「楽と苦は、自作のものではなく、他作のものではなく、偶発生起したものである。自己も、世〔界〕も、〔自作のものではなく、他作のものではなく、偶発生起したものである〕。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である」と。

 彼らは、口論を生じ、紛争を生じ、論争を起こし、互いに他を、諸々の口の刃で突きながら、住しています。「このようなものが、法(真理)であり、このようなものは、法(真理)ではない」「このようなものは、法(真理)ではなく、このようなものが、法(真理)である」と。

 そこで、まさに、大勢の比丘たちは、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、サーヴァッティに〔行乞の〕食のために入りました。サーヴァッティを〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。

 「尊き方よ、ここに、大勢の、種々なる異教の沙門や婆羅門や遍歴遊行者たちが、サーヴァッティに滞在しています。種々なる見解があり、種々なる忍耐があり、種々なる嗜好があり、種々なる見解を依所とする、依存ある者たちとして。

 或る沙門や婆羅門たちが存在します。〔彼らは〕このように説く者たちであり、このような見解ある者たちです。〔すなわち〕『自己も、世〔界〕も、常恒である。これこそが、真理であり、他は、無駄な〔思考〕である』と……略……。彼らは、口論を生じ、紛争を生じ、論争を起こし、互いに他を、諸々の口の刃で突きながら、住しています。『このようなものが、法(真理)であり、このようなものは、法(真理)ではない』『このようなものは、法(真理)ではなく、このようなものが、法(真理)である』」と。

 「比丘たちよ、他の異教の遍歴遊行者たちは、盲者たちであり、眼なき者たちです。義(道理)を知らず、義(道理)ならざることを知らず、法(真理)を知らず、法(真理)ならざることを知りません。彼らは、義(道理)を知らずにいる者たちであり、義(道理)ならざることを知らずにいる者たちであり、法(真理)を知らずにいる者たちであり、法(真理)ならざることを知らずにいる者たちです。口論を生じ、紛争を生じ、論争を起こし、互いに他を、諸々の口の刃で突きながら、住しています。『このようなものが、法(真理)であり、このようなものは、法(真理)ではない』『このようなものは、法(真理)ではなく、このようなものが、法(真理)である』」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「わたしという作り為し(自我意識)を追い求めている、この人々は、他者という作り為し(他我意識)を伴っている。或る者たちは、このことを証知せず、それを、『矢である』と見なかった。

 しかしながら、これを『矢である』〔と〕、前もって見ているなら――彼に、『わたしが為す』という〔思いは〕有りえず――彼に、『他者が為す』という〔思いは〕有りえない。

 思量を具している、この人々は、思量に拘束された〔人々〕であり、思量に結縛された〔人々〕であり、諸々の見解について激昂の議論ある〔人々〕であり、〔生死の〕輪廻を超克することはない」と。


 〔以上が〕第六〔の経〕となる。


6.7 スブーティの経(57)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者スブーティが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、思考なき〔心の〕統一(無尋定)に入定して、坐っていたのです。

 まさに、世尊は、尊者スブーティが、遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、思考なき〔心の〕統一に入定して、坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「彼の、諸々の思考(尋)が砕破され、内に残りなく善く整えられたなら、その執着〔の思い〕を超え行って、形態の想い(想:表象・概念)なく、〔人を縛る〕四つの束縛(四軛:欲望・生存・見解・無明)を超え行った者となり、もはや、〔さらなる生へと〕至り行くことはない」と。


 〔以上が〕第七〔の経〕となる。


6.8 遊女の経(58)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ラージャガハ(王舎城)に住しておられます。ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)において。さて、まさに、その時、ラージャガハには、或るひとりの遊女に執着し、心が縛られた、二つの組の者たちがいます。口論を生じ、紛争を生じ、論争を起こし、互いに他を、諸々の拳によってもまた攻撃し、諸々の土塊によってもまた攻撃し、諸々の棒によってもまた攻撃し、諸々の刃によってもまた攻撃します。彼らは、そこにおいて、死にもまた遭遇し、死ぬほどの苦しみにもまた〔遭遇します〕。

 そこで、まさに、大勢の比丘たちは、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、ラージャガハに〔行乞の〕食のために入りました。ラージャガハを〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、ここに、ラージャガハには、ある遊女に執着し、心が縛られた、二つの組の者たちがいます。口論を生じ、紛争を生じ、論争を起こし、互いに他を、諸々の拳によってもまた攻撃し、諸々の土塊によってもまた攻撃し、諸々の棒によってもまた攻撃し、諸々の刃によってもまた攻撃します。彼らは、そこにおいて、死にもまた遭遇し、死ぬほどの苦しみにもまた〔遭遇します〕」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「しかして、それが、得たものであるとして、さらには、それが、得られるべきものであるとして、この両者は、塵にまみれている――病んだ者が学んでいるなら。しかして、彼らが、〔形だけの〕学びを真髄とする者たちであり、〔特定の〕戒や掟と〔特定の〕生き方と〔形だけの〕梵行(禁欲清浄行)と〔見せかけの〕奉仕を真髄とする者たち(禁欲主義者)であるなら、これは、一つの極である。さらには、彼らが、「諸々の欲望のうちに、汚点(罪悪)は存在しない」と、このように説く者たち(快楽主義者)であるなら、これは、第二の極である。かくのごとく、これらの両極は、諸々の墓地を増大するものであり、諸々の墓地は、〔悪しき〕見解を増大させる。〔迷える〕彼らは、これらの両極を証知せずして、或る者たちは、〔一方の極に〕執着し、或る者たちは、〔頑なに拒否して〕走り去る。しかしながら、彼らが、まさに、それら〔の両極〕を証知して、しかして、そこにおいて〔論を〕言わなかったなら、さらには、それによって思い考えなかったなら、彼らに、〔迷いの生存を〕設置するための〔輪廻の〕転起は存在しない」と。


 〔以上が〕第八〔の経〕となる。


6.9 走るの経(59)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、世尊は、漆黒の闇夜のなか、野外に坐しておられたのです。諸々の油の灯明が燃やされつつあるところで。

 さて、まさに、その時、大勢の蛾たちが、それらの油の灯明のなかに落ちては落ちる、不運を体験し、災厄を体験し、不運と災厄を体験します。まさに、世尊は、それらの大勢の蛾たちが、それらの油の灯明のなかに落ちては落ちる、不運を体験し、災厄を体験し、不運と災厄を体験しているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「〔人々は、執着の対象に向かって〕走るが、真髄には至らず、新たなもの、新たなものへと、〔さらなる〕結縛を増進させる。灯火に落ちる蛾たちのように、或る者たちは、見られたものについて、聞かれたものについて、まさに、かくあるものと〔盲信し〕、固着している」と。


 〔以上が〕第九〔の経〕となる。


6.10 生起するの経(60)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。そこで、まさに、尊者アーナンダは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者アーナンダは、世尊に、こう言いました。

 「尊き方よ、さてまた、何はともあれ、阿羅漢にして正自覚者たる如来たちが、世に生起しないかぎり、それまでは、他の異教の遍歴遊行者たちが、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品(常備薬)を得る者として、〔世に〕有ります。尊き方よ、しかしながら、まさに、阿羅漢にして正自覚者たる如来たちが、世に生起することから、そこにおいて、他の異教の遍歴遊行者たちは、〔人々から〕尊敬されず、尊重されず、思慕されず、供養されず、敬恭されず、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品を得ない者たちとして、〔世に〕有ります。尊き方よ、今や、世尊こそは、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品を得る者として、〔世に〕有ります。そして、比丘の僧団も」と。

 「アーナンダよ、これは、このようなものなのです。アーナンダよ、さてまた、何はともあれ、阿羅漢にして正自覚者たる如来たちが、世に生起しないかぎり、それまでは、他の異教の遍歴遊行者たちが、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品を得る者として、〔世に〕有ります。アーナンダよ、しかしながら、まさに、阿羅漢にして正自覚者たる如来たちが、世に生起することから、そこにおいて、他の異教の遍歴遊行者たちは、〔人々から〕尊敬されず、尊重されず、思慕されず、供養されず、敬恭されず、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品を得ない者たちとして、〔世に〕有ります。今や、如来こそは、〔人々から〕尊敬され、尊重され、思慕され、供養され、敬恭され、諸々の衣料や〔行乞の〕施食や臥坐所や病のための日用品となる薬の必需品を得る者として、〔世に〕有ります。そして、比丘の僧団も」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「光の作り手(太陽)が昇らないかぎり、それまでは、その虫(蛍)は光り輝くが、太陽が昇ったとき、その〔虫〕は、光を失った者と成り、しかして、また、光り輝くこともない。

 〔悪しき〕説ある〔異教〕の者たちの光り輝きも、まさしく、このようなもの。正自覚者たちが世に生起しないかぎり、〔悪しき〕説ある者たちは清まらず、しかして、また、弟子たちも〔清まら〕ない。悪しき見解の者たちは、苦しみから解き放たれない」と。


 〔以上が〕第十〔の経〕となる。


 生まれながらの盲者の章が、第六となる。


 その〔章〕のための、摂頌となる。


 〔しかして、詩偈に言う〕「寿命と結髪者と注視、三つの異教の者、スブーティ、遊女、第九に走る、および、生起する、それらの十がある」と。


7 小なるものの章


7.1 第一のラクンダカ・バッディヤの経(61)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティ(舎衛城)に住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地(祇園精舎)において。さて、まさに、その時、尊者サーリプッタは、尊者ラクンダカ・バッディヤを、無数の教相(具体的説明・方便)をもって、法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示し、受持させ、〔あるいは〕激励し、歓喜させます。

 そこで、まさに、尊者ラクンダカ・バッディヤですが、尊者サーリプッタによって、無数の教相をもって、法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示され、受持させられ、〔あるいは〕激励され、歓喜させられていると、〔何ものをも〕執取せずして、心は、諸々の煩悩から解脱しました。

 まさに、世尊は、尊者ラクンダカ・バッディヤが、尊者サーリプッタによって、無数の教相をもって、法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示され、受持させられ、〔あるいは〕激励され、歓喜させられていると、〔何ものをも〕執取せずして、心が、諸々の煩悩から解脱したのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「上に、下に、一切所において解脱した者は、『このわたしは、存在する』と随観する者ではない。このように、かつて超えられたことなき激流を、解脱者は超え渡った――さらなる〔迷いの〕生存なきために」と。


 〔以上が〕第一〔の経〕となる。


7.2 第二のラクンダカ・バッディヤの経(62)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者サーリプッタは、尊者ラクンダカ・バッディヤを、学びある者と思いながら、より一層しっかりと、無数の教相をもって、法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示し、受持させ、〔あるいは〕激励し、歓喜させます。

 まさに、世尊は、尊者サーリプッタが、尊者ラクンダカ・バッディヤを、学びある者と思いながら、より一層しっかりと、無数の教相をもって、法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示し、受持させ、〔あるいは〕激励し、歓喜させているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「〔輪廻の〕転起を断ち切った。願望なき〔あり方〕へと離れ去った。干上がった川は流れない。断ち切られた〔輪廻の〕転起は〔もはや〕転起しない。これこそは、苦しみの終極である」と。


 〔以上が〕第二〔の経〕となる。


7.3 第一の執着する者の経(63)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、サーヴァッティにおいて、人間たちの多くのところは、諸々の欲望〔の対象〕に限度を超えて執着し、〔欲に〕染まり、〔欲を〕貪り、〔欲に〕拘束され、耽溺し、固執し、諸々の欲望〔の対象〕に夢中になっている類の者(愛欲に溺れた者)たちとして住しています。

 そこで、まさに、大勢の比丘たちは、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、サーヴァッティに〔行乞の〕食のために入りました。〔行乞の〕食のためにサーヴァッティに歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、ここに、サーヴァッティにおいて、人間たちの多くのところは、諸々の欲望〔の対象〕に限度を超えて執着し、〔欲に〕染まり、〔欲を〕貪り、〔欲に〕拘束され、耽溺し、固執し、諸々の欲望〔の対象〕に夢中になっている類の者たちとして住しています」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「諸々の欲望〔の対象〕に執着する者たち、欲望〔の対象〕に執着〔の思い〕で執着する者たちは、〔人を〕束縛するもののうちに罪過を見ずにいる者たちである。〔人を〕束縛するものに執着〔の思い〕で執着する者たちは、広大で大いなる激流を、まさに、まちがいなく、超えはしないであろう」と。


 〔以上が〕第三〔の経〕となる。


7.4 第二の執着する者の経(64)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、サーヴァッティにおいて、人間たちの多くのところは、諸々の欲望〔の対象〕に執着し、〔欲に〕染まり、〔欲を〕貪り、〔欲に〕拘束され、耽溺し、固執し、盲者に作り為され、諸々の欲望〔の対象〕に夢中になっている類の者(愛欲に溺れた者)たちとして住しています。

 そこで、まさに、世尊は、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、サーヴァッティに〔行乞の〕食のために入りました。まさに、世尊は、サーヴァッティにおいて、それらの人間たちの多くのところが、諸々の欲望〔の対象〕に執着し、〔欲に〕染まり、〔欲を〕貪り、〔欲に〕拘束され、耽溺し、固執し、盲者に作り為され、諸々の欲望〔の対象〕に夢中になっている類の者たちとして住しているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「欲望の盲者たち、〔愛欲の〕網に覆われた者たち、渇愛の覆に覆われた者たち、怠りの眷属(悪魔)によって結縛された者たちは、網の入り口にいる魚たちのように、老と死に従い行く――乳を飲む子牛が、母〔牛〕を〔求める〕ように」と。


 〔以上が〕第四〔の経〕となる。


7.5 他のラクンダカ・バッディヤの経(65)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者ラクンタカ・バッディヤは、大勢の比丘たちの背後から背後へと、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。

 まさに、世尊は、尊者ラクンタカ・バッディヤが、はるか遠くから、大勢の比丘たちの背後から背後へと、〔こちらに〕やってくるのを――色艶悪く、外見悪く、猫背で、多くのところは、比丘たちに貶められている様子〔の尊者ラクンタカ・バッディヤ〕を――見ました。見て、比丘たちに呼びかけました。

 「比丘たちよ、あなたたちは、この比丘が、はるか遠くから、大勢の比丘たちの背後から背後へと、〔こちらに〕やってくるのを――色艶悪く、外見悪く、猫背で、多くのところは、比丘たちに貶められている様子〔のこの比丘〕を――〔それが〕見えないのですか」と。「尊き方よ、このとおりです(見えます)」と。

 「比丘たちよ、この比丘は、大いなる神通ある者です、大いなる威力ある者です。その〔入定の境地〕が、その比丘がかつて入定したことのないものであるなら、しかして、その入定〔の境地〕は、得易い形態のものではありません。さらには、その義(目的)のために、良家の子息たちが、まさしく、正しく、家から家なきへと出家する、〔まさに〕その〔目的〕である、無上のものを、梵行(禁欲清浄行)の終了を、まさしく、〔現に見られる〕所見の法(現法:現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みます」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「各部が無欠で、白い覆の、一本輻の車が、転じ来る。〔渇愛の〕流れを断ち、結縛なく、煩悶なき者がやってくるのを、見よ」と。


 〔以上が〕第五〔の経〕となる。


7.6 渇愛の滅尽の経(66)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者アンニャーシ・コンダンニャが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、渇愛の滅尽の解脱を注視しながら、坐っていたのです。

 まさに、世尊は、尊者アンニャーシ・コンダンニャが、遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、渇愛の滅尽の解脱を注視しながら、坐っていたのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「彼の、〔渇愛の〕根が地に存在せず、〔渇愛の〕葉が存在しないなら、どうして、〔渇愛の〕蔓があるというのだろう。彼を、結縛から解き放たれた慧者である彼を、誰が、非難できるというのだろう。天〔の神々〕たちもまた、彼を賞賛し、梵天(ブラフマー神)からさえも、〔彼は〕賞賛される」と。


 〔以上が〕第六〔の経〕となる。


7.7 虚構の滅尽の経(67)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、世尊は、自己の、虚構の表象と名称(世界認識の道具として虚構された表象・概念)の捨棄を注視しながら、坐しておられたのです。

 そこで、まさに、世尊は、自己の、虚構の表象と名称の捨棄を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「彼に、しかして、虚構(妄想)が〔存在せず〕、かつまた、〔その〕止住(固定概念)が存在しないなら、〔彼は〕綱(束縛)を〔超克した者であり〕、しかして、閂(障害)を超克した者であり、彼を、渇愛なき者として〔常に〕歩んでいる牟尼を、天〔界〕さえも含む世〔の人々〕は、見下すことがない」と。


 〔以上が〕第七〔の経〕となる。


7.8 カッチャーナの経(68)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者マハーカッチャーナが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、身体の在り方についての気づきが内に全面にしっかりと現起され、坐っていたのです。

 まさに、世尊は、尊者マハーカッチャーナが、遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、身体の在り方についての気づきが内に全面にしっかりと現起され、坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「彼に、身体の在り方についての気づきが現起され、常に、あらゆる時に存在しているなら、『しかして、〔身体というものは〕存在すべくもなく、かつまた、わたしには〔身体というものが〕存在すべくもなく、〔身体というものは、これからも〕有ることがないであろうし、かつまた、わたしには〔身体というものが、これからも〕有ることはないであろう』〔と〕、彼は、そこにおいて、時々刻々に住する者(いまここの瞬間瞬間に気づきある者)として、まさしく、〔正しい〕時に、執着〔の思い〕を超えるであろう」と。


 〔以上が〕第八〔の経〕となる。


7.9 井戸の経(69)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、マッラ〔国〕で、大勢の比丘の僧団と共に、遊行〔の旅〕を歩みながら、トゥーナという名のマッラ〔国〕の婆羅門村のあるところに、そこへと至り着きました。まさに、トゥーナ〔村〕の婆羅門たちと家長たちは、「君よ、まさに、釈迦〔族〕の家から出家した、釈迦〔族〕の子、沙門ゴータマが、マッラ〔国〕で、大勢の比丘の僧団と共に、遊行〔の旅〕を歩みながら、トゥーナに到着した」と耳にしました。〔彼らは〕井戸を、草やら籾殻やらで、縁“ふち”に至るまで満たしました。「奴ら、坊主頭の沙門どもが、水を飲むことがあってはならない」と。

 そこで、まさに、世尊は、道から外れて、木の根元のところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、設けられた坐に坐られました。坐られて、まさに、世尊は、尊者アーナンダに語りかけました。「さあ、アーナンダよ、わたしのために、あなたは、この井戸から、水を持ってきておくれ」と。

 このように言われたとき、尊者アーナンダは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、今やもう、その井戸は、トゥーナ〔村〕の婆羅門たちと家長たちによって、草やら籾殻やらで、縁に至るまで満たされました。『奴ら、坊主頭の沙門どもが、水を飲むことがあってはならない』」と。

 再度また、まさに……略……。三度また、まさに、世尊は、尊者アーナンダに語りかけました。「さあ、アーナンダよ、わたしのために、あなたは、この井戸から、水を持ってきておくれ」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者アーナンダは、世尊に答えて、鉢を抱えて、その井戸のあるところに、そこへと近づいて行きました。そこで、まさに、その井戸〔の水〕は、尊者アーナンダが近づいて行くと、草やら籾殻やらを、その全てを、縁から吐き出して、清らかで濁りのない澄んだ水でもって、縁に至るまで満たされました。思うに、〔水が常に〕流れ出ている〔状態〕になったのです。

 そこで、まさに、尊者アーナンダは、こう思いました。「ああ、まさに、めったにないことだ。ああ、まさに、はじめてのことだ。如来の、偉大なる神通だ、偉大なる威力だ。なぜなら、〔まさに〕この、その井戸は、わたしが近づいて行くと、草やら籾殻やらを、その全てを、縁から吐き出して、清らかで濁りのない澄んだ水でもって、縁に至るまで満たされたからだ。思うに、〔水が常に〕流れ出ている〔状態〕になったのだ」と。〔尊者アーナンダは〕鉢で水を汲んで、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、めったにないことです。尊き方よ、はじめてのことです。如来の、偉大なる神通です、偉大なる威力です。なぜなら、〔まさに〕この、その井戸は、わたしが近づいて行くと、草やら籾殻やらを、その全てを、縁から吐き出して、清らかで濁りのない澄んだ水でもって、縁に至るまで満たされたからです。思うに、〔水が常に〕流れ出ている〔状態〕になったのです。世尊よ、水をお飲みください。善き至達者(善逝)よ、水をお飲みください」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「もし、水が、あらゆる時に存するとしたら、〔わざわざ〕井戸で、何を為すというのだろう。渇愛〔の思い〕を根元から断ち切って〔そののち〕、遍く探し求めることを、何のために〔わざわざ〕行じおこなうというのだろう」と。


 〔以上が〕第九〔の経〕となる。


7.10 ウテーナの経(70)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、コーサンビーに住しておられます。ゴーシタの園地において。さて、まさに、その時、ウテーナ王が庭園に赴いたところ、宮殿が焼け落ちてしまい、さらには、サーマーヴァティー〔王妃〕を筆頭とする五百の婦女が命を終えたのです。

 そこで、まさに、大勢の比丘たちは、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、コーサンビーに〔行乞の〕食のために入りました。コーサンビーを〔行乞の〕食のために歩んで、食事のあと、〔行乞の〕施食から戻り、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、ここに、ウテーナ王が庭園に赴いたところ、宮殿が焼け落ち、さらには、サーマーヴァティー〔王妃〕を筆頭とする五百の婦女が命を終えました。尊き方よ、それらの女性在俗信者たちには、どのような〔来世の〕境遇がありますか、どのような未来の運命がありますか」と。

 「比丘たちよ、ここに、女性在俗信者たちは、預流たる者たちとして存在し、一来たる者たちとして存在し、不還たる者たちとして存在します。比丘たちよ、それらの女性在俗信者たちは、〔その〕全てが、無果ならざる者たちとして命を終えました」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「迷妄という結縛ある世〔界〕は、〔やりくりの〕可能な形態(思いどおりに行く存在)であるかのように見える。闇に取り囲まれ、〔心の〕依り所(依存の対象)という結縛ある愚者は、〔世界が〕常恒であるかのように思えてしまうが、〔あるがままに〕見ている者にとって、〔常恒なるものは〕何ものも存在しない」と。


 〔以上が〕第十〔の経〕となる。


 小なるものの章が、第七となる。


 その〔章〕のための、摂頌となる。


 〔しかして、詩偈に言う〕「二つのバッディ、および、二つの執着する者、ラクンダカ、渇愛の滅尽、および、虚構の滅尽、カッチャーナ、および、井戸、ウテーナ、〔それらの十がある〕」と。


8 パータリ村の者の章


8.1 第一の涅槃に関することの経(71)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)に住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地(祇園精舎)において。さて、まさに、その時、世尊は、比丘たちに、涅槃に関する法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示し、受持させ、〔あるいは〕激励し、歓喜させます。ここに、それらの比丘たちは、〔それを〕義(目的)と為して、〔それに〕意を為して、〔その〕全てに心を集中して、耳を傾け、〔その〕法(教え)を聞きます。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「比丘たちよ、その場所(処)は存在する――そこにおいては、まさしく、地なく、水なく、火なく、風なく、虚空無辺なる〔認識の〕場所(空無辺処:虚空のように終わりはない、という瞑想の境地)なく、識別無辺なる〔認識の〕場所(識無辺処:心意識に終わりはない、という瞑想の境地)なく、無所有なる〔認識の〕場所(無所有処:いかなるものも断片的対象物として存在しない、という瞑想の境地)なく、表象あるにもあらず表象なきにもあらざる〔認識の〕場所(非想非非想処:表象があるでもなく表象がないでもない、という瞑想の境地)なく、この世なく、他世なく、月と日の両者はない。比丘たちよ、そこにおいて、また、わたしは、まさしく、帰る所(現世)を説かず、赴く所(来世)を〔説か〕ず、止住を〔説か〕ず、死滅を〔説か〕ず、再生を〔説か〕ず、これ(涅槃)を、依って立つところなきものと〔説き〕、〔対象として〕転起されることなきものと〔説き〕、まさしく、〔転起された〕対象ならざるものと〔説く〕。これこそは、苦しみの終極“おわり”である」と。


 〔以上が〕第一〔の経〕となる。


8.2 第二の涅槃に関することの経(72)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティーに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、世尊は、比丘たちに、涅槃に関する法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示し、受持させ、〔あるいは〕激励し、歓喜させます。ここに、それらの比丘たちは、〔それを〕義(目的)と為して、〔それに〕意を為して、〔その〕全てに心を集中して、耳を傾け、〔その〕法(教え)を聞きます。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「見難きは、まさに、終極なきもの(涅槃)。なぜなら、真理は、見易きものではないからである。〔しかしながら、あるがままに〕知っている者にとって、渇愛〔の思い〕は〔あるがままに〕理解されたのであり、〔あるがままに〕見ている者にとって、〔常恒なるものは〕何ものも存在しない」と。


 〔以上が〕第二〔の経〕となる。


8.3 第三の涅槃に関することの経(73)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティーに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、世尊は、比丘たちに、涅槃に関する法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示し、受持させ、〔あるいは〕激励し、歓喜させます。ここに、それらの比丘たちは、〔それを〕義(目的)と為して、〔それに〕意を為して、〔その〕全てに心を集中して、耳を傾け、〔その〕法(教え)を聞きます。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「比丘たちよ、『生じたもの』でなく『成ったもの』でなく『作り為されたもの』でなく『形成されたもの(有為)』でないもの(涅槃)は存在する。比丘たちよ、もし、その、『生じたもの』でなく『成ったもの』でなく『作り為されたもの』でなく『形成されたもの』でないもの(涅槃)が有ることなくあったなら、ここに、『生じたもの』『成ったもの』『作り為されたもの』『形成されたもの』からの出離は覚知されないであろう。比丘たちよ、しかしながら、まさに、『生じたもの』でなく『成ったもの』でなく『作り為されたもの』でなく『形成されたもの』でないもの(涅槃)が存在することから、それゆえに、『生じたもの』『成ったもの』『作り為されたもの』『形成されたもの』からの出離が覚知される」と。


 〔以上が〕第三〔の経〕となる。


8.4 第四の涅槃に関することの経(74)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティーに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、世尊は、比丘たちに、涅槃に関する法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示し、受持させ、〔あるいは〕激励し、歓喜させます。ここに、それらの比丘たちは、〔それを〕義(目的)と為して、〔それに〕意を為して、〔その〕全てに心を集中して、耳を傾け、〔その〕法(教え)を聞きます。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「〔何ものかに〕依存する者には、動揺がある。依存なき者には、動揺は存在しない。動揺が存在していないとき、安息がある。安息が存在しているとき、誘導は有りえない。誘導が存在していないとき、帰る所と赴く所(輪廻への去来)は有りえない。帰る所と赴く所が存在していないとき、死滅と再生は有りえない。死滅と再生が存在していないとき、まさしく、この〔世〕になく、あの〔世〕になく、両者の中間において〔何ものも存在し〕ない。これこそは、苦しみの終極である」と。


 〔以上が〕第四〔の経〕となる。


8.5 チュンダの経(75)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、マッラ〔国〕で、大勢の比丘の僧団と共に、遊行〔の旅〕を歩みながら、パーヴァー〔市〕のあるところに、そこへと至り着きました。そこで、まさに、世尊は、パーヴァーに住しておられます。鍛冶屋の子のチュンダのアンバ林(マンゴーの果樹園)において。

 まさに、鍛冶屋の子のチュンダは、「世尊が、どうやら、マッラ〔国〕で、大勢の比丘の僧団と共に、遊行〔の旅〕を歩みながら、パーヴァー〔市〕のあるところに、そこへと到着し、パーヴァーに住しておられるらしい。〔それも〕わたしのアンバ林において」と耳にしました。そこで、まさに、鍛冶屋の子のチュンダは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、鍛冶屋の子のチュンダに、世尊は、法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示し、受持させ、〔あるいは〕激励し、歓喜させました。そこで、まさに、鍛冶屋の子のチュンダは、世尊によって、法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示され、受持させられ、〔あるいは〕激励され、歓喜させられ、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、世尊よ、明日、わたしの食事を、比丘の僧団と共に、お受けください」と。世尊は、沈黙の状態をもって、お受けになりました。

 そこで、まさに、鍛冶屋の子のチュンダは、世尊がお受けすることを知って、坐から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、立ち去りました。そこで、まさに、鍛冶屋の子のチュンダは、その夜が明けると、自らの住居において、上質の固形の食料や軟らかい食料を準備して、さらには、沢山のスーカラマッダヴァ(やわらかい豚肉)を〔準備して〕、世尊に、時を告げました。「尊き方よ、時間です。食事ができました」と。

 そこで、まさに、世尊は、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、比丘の僧団と共に、鍛冶屋の子のチュンダの住居のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、設けられた坐に坐られました。坐られて、まさに、世尊は、鍛冶屋の子のチュンダに語りかけました。「チュンダさん、〔まさに〕その、あなたが準備したスーカラマッダヴァですが、それは、わたしに給仕してください。いっぽう、〔まさに〕その、〔あなたが〕準備した、他の固形の食料や軟らかい食料ですが、それは、比丘の僧団に給仕してください」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、鍛冶屋の子のチュンダは、世尊に答えて、〔まさに〕その、準備してあったスーカラマッダヴァですが、それは、世尊に給仕し、いっぽう、〔まさに〕その、〔彼が〕準備した、他の固形の食料や軟らかい食料ですが、それは、比丘の僧団に給仕しました。

 そこで、まさに、世尊は、鍛冶屋の子のチュンダに、語りかけました。「チュンダさん、〔まさに〕その、あなたに残されたスーカラマッダヴァですが、それは、穴に埋めてください。チュンダさん、天〔界〕を含む世〔界〕において、魔〔界〕を含み梵〔界〕を含む〔世界〕において、沙門や婆羅門を含む人々において、天〔の神〕や人間を含む〔人々〕において、彼が、それを食べたとして、正しく変化へと至るであろう(消化吸収することができる)、〔まさに〕その者を、如来の他に、わたしは見ません」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、鍛冶屋の子のチュンダは、世尊に答えて、〔まさに〕その、残されたものとしてあったスーカラマッダヴァですが、それは、穴に埋めて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、鍛冶屋の子のチュンダに、世尊は、法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示して、受持させて、〔あるいは〕激励して、歓喜させて〔そののち〕、坐から立ち上がって、立ち去りました。

 そこで、まさに、世尊が、鍛冶屋の子のチュンダの食事を食べたところ、荒々しい病苦が生起しました。血の下痢とともに、激烈で、死に至るほどの、諸々の〔苦痛の〕感受が転起します。そこで、まさに、世尊は、気づきと正知の者として、打ちのめされることなく、耐え忍びました。

 そこで、まさに、世尊は、尊者アーナンダに語りかけました。「アーナンダよ、行こう。クシナーラー〔村〕のあるところに、そこへと近づいて行こう」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者アーナンダは、世尊に、〔詩偈をもって〕答えました。


 「わたしは聞いた。『鍛冶屋〔の子〕のチュンダの食事を食べて、慧者は、激烈で、死に至るほどの病苦に襲われた』と。

 しかして、〔食事を〕食べた教師には、スーカラマッダヴァによる、激烈なる病が生起した。下痢をしつつ、世尊は言った。『わたしは、クシナーラーの城市に行きます』」と。


 そこで、まさに、世尊は、道を外れて、或るどこかの木の根元のところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者アーナンダに、語りかけました。「さあ、アーナンダよ、わたしのために、あなたは、四重に大衣を設けておくれ。アーナンダよ、〔わたしは〕疲れました。〔わたしは〕坐りたい」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者アーナンダは、世尊に答えて、四重に大衣を設けました。世尊は、設けられた坐に坐られました。坐られて、まさに、世尊は、尊者アーナンダに、語りかけました。「さあ、アーナンダよ、わたしのために、あなたは、水を持ってきておくれ。アーナンダよ、〔わたしは、喉が〕渇きました。〔わたしは、水が〕飲みたい」と。

 このように言われたとき、尊者アーナンダは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、今や、五百ほどの荷車が通り過ぎたところです。〔まさに〕その、〔この川の〕水ですが、〔荷車の〕車輪によって断ち切られ、僅かとなり、掻き乱され、濁ったまま流れています。尊き方よ、あのククダー川が、〔ここから〕遠く離れていないところにあります。水は澄み、水は冷たく、水は白く、〔岸辺が〕しっかりと確立し、〔快適で〕喜ばしいところです。世尊よ、あそこで、水を飲むこともできますし、四肢を冷やすこともできます」と。

 再度また、まさに……略……。三度また、まさに、世尊は、尊者アーナンダに、語りかけました。「さあ、アーナンダよ、わたしのために、あなたは、水を持ってきておくれ。アーナンダよ、〔わたしは、喉が〕渇きました。〔わたしは、水が〕飲みたい」と。「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者アーナンダは、世尊に答えて、鉢を抱えて、その川のあるところに、そこへと近づいて行きました。そこで、まさに、その川〔の水〕は、〔荷車の〕車輪によって断ち切られ、僅かとなり、掻き乱され、濁ったまま流れていますが、尊者アーナンダが近づいて行くと、〔水は〕澄み、清らかとなり、濁りなく流れます。

 そこで、まさに、尊者アーナンダは、こう思いました。「ああ、まさに、めったにないことだ。ああ、まさに、はじめてのことだ。如来の、偉大なる神通だ、偉大なる威力だ。なぜなら、〔まさに〕この、その川〔の水〕は、〔荷車の〕車輪によって断ち切られ、僅かとなり、掻き乱され、濁ったまま流れているが、わたしが近づいて行くと、〔水は〕澄み、清らかとなり、濁りなく流れるからだ」と。〔尊者アーナンダは〕鉢で水を汲んで、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、めったにないことです。尊き方よ、はじめてのことです。如来の、偉大なる神通です、偉大なる威力です。なぜなら、〔まさに〕この、その川〔の水〕は、〔荷車の〕車輪によって断ち切られ、僅かとなり、掻き乱され、濁ったまま流れていますが、わたしが近づいて行くと、〔水は〕澄み、清らかとなり、濁りなく流れるからです。世尊よ、水をお飲みください。善き至達者(善逝)よ、水をお飲みください」と。

 そこで、まさに、世尊は、水を飲まれました。そこで、まさに、世尊は、大勢の比丘の僧団と共に、ククダー川のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、ククダー川に深く入って行って、さらには、沐浴して、なおまた、〔水を〕飲んで、〔川から〕上がって、アンバ林のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者チュンダカに、語りかけました。「さあ、チュンダカよ、わたしのために、あなたは、四重に大衣を設けておくれ。チュンダカよ、〔わたしは〕疲れました。〔わたしは〕横になりたい」と。

 「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者チュンダカは、世尊に答えて、四重に大衣を設けました。そこで、まさに、世尊は、足に足を重ねて、右脇をもって獅子の臥を営みました(右脇を下にして獅子のように臥した)。気づきと正知の者として、〔次に〕起き上がることへの想いに意を為して。いっぽう、尊者チュンダカは、まさしく、そこに、〔すなわち〕世尊の前に坐りました。


 「水は澄み、水は冷たく、清らかなククダー川に、覚者は至って、この世に比類なき如来たる教師は、極めて疲れた様子で、〔川に〕入った。

 さらには、沐浴して、なおまた、〔水を〕飲んで、教師は、〔川から〕上がった。比丘の集まりの中において尊ばれる方、教師は――この〔世において〕諸々の法(真理)を転起させる方、世尊は――偉大なる聖賢は、アンバ林へと近づき行った。チュンダカという名の比丘に、〔世尊は〕語りかけた。『わたしのために、四重に〔大衣を〕敷いておくれ。〔わたしは〕横になりたい』〔と〕。

 彼は、自己を修めた方(ブッダ)に促されたチュンダ(チュンダカ)は、ごくすみやかに、四重に〔大衣を〕敷いた。教師は、極めて疲れた様子で、横になった。チュンダもまた、そこに、〔世尊の〕面前に坐った」と。


 そこで、まさに、世尊は、尊者アーナンダに、語りかけました。「アーナンダよ、さてまた、まさに、鍛冶屋の子のチュンダに、誰かしらが、後悔〔の思い〕を与えるでしょう。〔すなわち〕『友よ、チュンダよ、如来が、〔まさに〕その、あなたの、最後の〔行乞の〕施食を食べて〔そののち〕、完全なる涅槃に到達した者となるなら、〔まさに〕その、あなたには、諸々の利得ならざるものがあり、〔まさに〕その、あなたにとって、〔功徳は〕得難きものとなる』と。アーナンダよ、鍛冶屋の子のチュンダの後悔〔の思い〕は、このように取り除かれるべきです。

 〔すなわち〕『友よ、チュンダよ、如来が、〔まさに〕その、あなたの、最後の〔行乞の〕施食を食べて〔そののち〕、完全なる涅槃に到達した者となるなら、〔まさに〕その、あなたには、諸々の利得があり、〔まさに〕その、あなたにとって、〔功徳は〕得易きものとなります。友よ、チュンダよ、わたしは、これを、世尊の面前で聞き、〔世尊の〕面前で受けました。これらの二つの〔行乞の〕施食は、全く等しい果となり、全く等しい報いとなり、他の諸々の〔行乞の〕施食よりも、極端に、より大いなる果ともなれば、より大いなる福利ともなります。どのようなものが、二つ〔の行乞の施食〕なのでしょう。如来が、それを食べて〔そののち〕、無上の正自覚(無上正等覚)を正覚する、〔行乞の〕施食と――それを食べて〔そののち〕、〔生存の〕依り所(身体)という残りものがない涅槃の界域(無余依涅槃界)において完全なる涅槃に到達する、〔行乞の〕施食と――これらの二つの〔行乞の〕施食は、全く等しい果となり、全く等しい報いとなり、他の諸々の〔行乞の〕施食よりも、極端に、より大いなる果ともなれば、より大いなる福利ともなります。

 鍛冶屋の子の尊者チュンダによって、寿命のために等しく転起する行為が蓄積されました。鍛冶屋の子の尊者チュンダによって、色艶のために等しく転起する行為が蓄積されました。鍛冶屋の子の尊者チュンダによって、安楽のために等しく転起する行為が蓄積されました。鍛冶屋の子の尊者チュンダによって、天上のために等しく転起する行為が蓄積されました。鍛冶屋の子の尊者チュンダによって、福徳のために等しく転起する行為が蓄積されました。鍛冶屋の子の尊者チュンダによって、主権のために等しく転起する行為が蓄積されました』と。アーナンダよ、鍛冶屋の子のチュンダの後悔〔の思い〕は、このように取り除かれるべきです」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「〔常に〕布施している者に、功徳は増大し、〔常に〕自制している者に、怨恨は蓄積されない。しかして、智者は、悪しき〔行為〕(悪業)を捨棄する。貪りと怒りと迷い(貪瞋痴)の滅尽あることから、彼は、涅槃に到達した者となる」と。


 〔以上が〕第五〔の経〕となる。


8.6 パータリ村の者の経(76)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、マガダ〔国〕で、大勢の比丘の僧団と共に、遊行〔の旅〕を歩みながら、パータリ村のあるところに、そこへと至り着きました。まさに、パータリ村の在俗信者たちは、「世尊が、どうやら、マガダ〔国〕で、大勢の比丘の僧団と共に、遊行〔の旅〕を歩みながら、パータリ村に到着したらしい」と耳にしました。そこで、まさに、パータリ村の在俗信者たちは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、パータリ村の在俗信者たちは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、世尊よ、わたしたちの休息堂を、〔臥坐所として〕お受けください」と。世尊は、沈黙の状態をもって、お受けになりました。

 そこで、まさに、パータリ村の在俗信者たちは、世尊がお受けになることを知って、坐から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、休息堂のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、一切の敷物を休息堂に広げて、諸々の坐を設けて、水瓶を据えて、油の灯明を備えて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に立ちました。一方に立った、まさに、パータリ村の在俗信者たちは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、一切の敷物が休息堂に広げられ、諸々の坐が設けられ、水瓶が据えられ、油の灯明が備えられました。尊き方よ、世尊よ、今が、そのための時と、〔世尊が〕お思いになるのなら〔思いのままに〕」と。

 そこで、まさに、世尊は、着衣して鉢と衣料を取って、比丘の僧団と共に、休息堂のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、〔両の〕足を洗って、休息堂に入って、中央の柱に依拠して、東に向かって坐られました。まさに、比丘の僧団もまた、〔両の〕足を洗って、休息堂に入って、西の壁に依拠して、東に向かって坐りました。まさしく、世尊を前にして。まさに、パータリ村の在俗信者たちもまた、〔両の〕足を洗って、休息堂に入って、東の壁に依拠して、西に向かって坐りました。まさしく、世尊を前にして。そこで、まさに、世尊は、パータリ村の在俗信者たちに語りかけました。

 「家長たちよ、五つのものがあります。劣戒の者には、戒の衰滅(破戒)あることから、これらの〔五つの〕危険があります。どのようなものが、五つのものなのですか。家長たちよ、ここに、劣戒の者で、戒が衰滅した者は、放逸を事因として、大いなる財物の衰退に遭遇します。劣戒の者には、戒の衰滅あることから、この第一の危険があります。

 家長たちよ、さらに、また、他に、劣戒の者には、戒が衰滅したなら、悪しき評判の声が上がります。劣戒の者には、戒の衰滅あることから、この第二の危険があります。

 家長たちよ、さらに、また、他に、劣戒の者で、戒が衰滅した者は、もしくは、士族の衆であれ、もしくは、婆羅門の衆であれ、もしくは、家長の衆であれ、もしくは、沙門の衆であれ、まさしく、その〔衆〕その衆へと、〔彼が〕近づいて行くなら、恐れおののきを離れず、愕然と成った者として、近づいて行きます。劣戒の者には、戒の衰滅あることから、この第三の危険があります。

 家長たちよ、さらに、また、他に、劣戒の者で、戒が衰滅した者は、迷乱した者として命を終えます。劣戒の者には、戒の衰滅あることから、この第四の危険があります。

 家長たちよ、さらに、また、他に、劣戒の者で、戒が衰滅した者は、身体の破壊ののち、死後において、悪所に、悪しき境遇(悪趣)に、堕所に、地獄に、再生します。劣戒の者には、戒の衰滅あることから、この第五の危険があります。家長たちよ、まさに、劣戒の者には、戒の衰滅あることから、これらの五つの危険があります。

 家長たちよ、五つのものがあります。戒ある者には、戒の成就(守戒)あることから、これらの〔五つの〕福利があります。どのようなものが、五つのものなのですか。家長たちよ、ここに、戒ある者で、戒が成就した者は、放逸なきを事因として、大いなる財物の集塊“かたまり”に到達します。戒ある者には、戒の成就あることから、この第一の福利があります。

 家長たちよ、さらに、また、他に、戒ある者には、戒が成就したなら、善き評判の声が上がります。戒ある者には、戒の成就あることから、この第二の福利があります。

 家長たちよ、さらに、また、他に、戒ある者で、戒が成就した者は、もしくは、士族の衆であれ、もしくは、婆羅門の衆であれ、もしくは、家長の衆であれ、もしくは、沙門の衆であれ、まさしく、その〔衆〕その衆へと、〔彼が〕近づいて行くなら、恐れおののきを離れ、愕然と成ることなき者として、近づいて行きます。戒ある者には、戒の成就あることから、この第三の福利があります。

 家長たちよ、さらに、また、他に、戒ある者で、戒が成就した者は、迷乱なき者として命を終えます。戒ある者には、戒の成就あることから、この第四の福利があります。

 家長たちよ、さらに、また、他に、戒ある者で、戒が成就した者は、身体の破壊ののち、死後において、善き境遇(善趣)に、天上の世〔界〕に、再生します。戒ある者には、戒の成就あることからこの第五の福利があります。家長たちよ、まさに、戒ある者には、戒の成就あることから、これらの五つの福利があります」と。

 そこで、まさに、世尊は、夜のあいだ、まさしく、〔その〕多くを、パータリ村の在俗信者たちに、法(真理)の講話によって、〔真理を〕見示して、受持させて、〔あるいは〕激励して、歓喜させて、〔彼らを〕送り出しました。「家長たちよ、まさに、夜が更けました。今が、そのための時と、あなたたちが思うのなら〔帰りなさい〕」と。そこで、まさに、パータリ村の在俗信者たちは、世尊が語ったことを喜んで、随喜して、坐から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、立ち去りました。そこで、まさに、世尊は、パータリ村の在俗信者たちが立ち去ったあと、長からずして、〔人のいない〕空屋に入られました。

 さて、まさに、その時、マガダ〔国〕の大臣のスニダとヴァッサカーラが、パータリ村に城市を造営します。ヴァッジー〔国〕の〔来襲を〕拒んで。さて、まさに、その時、まさしく、百千もの、大勢の天神たちが、パータリ村の諸々の地所を遍く収め取っています。その地に、大いなる権能ある天神たちが、諸々の地所を遍く収め取っているなら、大いなる権能ある王たちや王の大臣たちの諸々の心は、そこに、諸々の住居を造営しようと傾きます。その地に、中等の天神たちが、諸々の地所を遍く収め取っているなら、中等の王たちや王の大臣たちの諸々の心は、そこに、諸々の住居を造営しようと傾きます。その地に、低劣な天神たちが、諸々の地所を遍く収め取っているなら、低劣な王たちや王の大臣たちの諸々の心は、そこに、諸々の住居を造営しようと傾きます。

 まさに、世尊は、人間を超越した清浄の天眼によって、まさしく、百千もの、それらの天神たちが、パータリ村の諸々の地所を遍く収め取っているのを見ました。その地に、大いなる権能ある天神たちが、諸々の地所を遍く収め取っているなら、大いなる権能ある王たちや王の大臣たちの諸々の心は、そこに、諸々の住居を造営しようと傾きます。その地に、中等の天神たちが、諸々の地所を遍く収め取っているなら、中等の王たちや王の大臣たちの諸々の心は、そこに、諸々の住居を造営しようと傾きます。その地に、低劣な天神たちが、諸々の地所を遍く収め取っているなら、低劣な王たちや王の大臣たちの諸々の心は、そこに、諸々の住居を造営しようと傾きます。そこで、まさに、世尊は、その夜、早刻時になると、立ち上がって、尊者アーナンダに語りかけました。

 「アーナンダよ、いったい、まさに、どのような者たちが、パータリ村に城市を造営するのですか」と。「尊き方よ、マガダ〔国〕の大臣のスニダとヴァッサカーラが、パータリ村に城市を造営します。ヴァッジー〔国〕の〔来襲を〕拒んで」と。「アーナンダよ、それは、たとえば、また、三十三天〔の神々〕たちと共に話し合って〔決めた〕かのように、アーナンダよ、まさしく、このように、まさに、マガダ〔国〕の大臣のスニダとヴァッサカーラが、パータリ村に城市を造営します。ヴァッジー〔国〕の〔来襲を〕拒んで。アーナンダよ、ここに、わたしは、人間を超越した清浄の天眼によって、まさしく、百千もの、大勢の天神たちが、パータリ村の諸々の地所を遍く収め取っているのを見ました。その地に、大いなる権能ある天神たちが、諸々の地所を遍く収め取っているなら、大いなる権能ある王たちや王の大臣たちの諸々の心は、そこに、諸々の住居を造営しようと傾きます。その地に、中等の天神たちが、諸々の地所を遍く収め取っているなら、中等の王たちや王の大臣たちの諸々の心は、そこに、諸々の住居を造営しようと傾きます。その地に、低劣な天神たちが、諸々の地所を遍く収め取っているなら、低劣な王たちや王の大臣たちの諸々の心は、そこに、諸々の住居を造営しようと傾きます。アーナンダよ、聖なる場所としてあるかぎり、商いの通路としてあるかぎり、この〔地〕は、至高の城市パータリプッタ〔市〕として、財貨の集散地と成るでしょう。アーナンダよ、パータリプッタには、まさに、三つの障りが有るでしょう。あるいは、火から、あるいは、水から、あるいは、敵の破壊から」と。

 そこで、まさに、マガダ〔国〕の大臣のスニダとヴァッサカーラは、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊と共に〔今回の出会いを〕喜び合いました。〔彼らは〕喜ばしい話題の挨拶を交わして、一方に立ちました。一方に立った、まさに、マガダ〔国〕の大臣のスニダとヴァッサカーラは、世尊に、こう言いました。「貴君ゴータマよ、今日、わたしたちの食事を、比丘の僧団と共に、お受けください」と。世尊は、沈黙の状態をもって、お受けになりました。

 そこで、まさに、マガダ〔国〕の大臣のスニダとヴァッサカーラは、世尊がお受けになることを知って、自らの住居のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、自らの住居において、上質の固形の食料や軟らかい食料を準備して、世尊に、時を告げました。「貴君ゴータマよ、時間です。食事ができました」と。

 そこで、まさに、世尊は、早刻時に、着衣して鉢と衣料を取って、比丘の僧団と共に、マガダ〔国〕の大臣のスニダとヴァッサカーラの住居のあるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、設けられた坐に坐られました。そこで、まさに、マガダ〔国〕の大臣のスニダとヴァッサカーラは、覚者を頂とする比丘の僧団を、上質の固形の食料や軟らかい食料で満足させ、自らの手で給仕しました。

 そこで、まさに、マガダ〔国〕の大臣のスニダとヴァッサカーラは、世尊が食事を終え、鉢から手を離すと、或るどこかの下坐を収め取って、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、マガダ〔国〕の大臣のスニダとヴァッサカーラを、世尊は、これらの詩偈をもって随喜されました(祝福した)。


 「その地に、賢者たる類“たぐい”の者が住居を営むなら、ここに、戒ある者たちを受益させて、自制ある梵行者たちを〔受益させて〕――

 そこに存していた、それらの天神たちであるが、彼らのために〔その賢者が〕施物を献じるなら、彼らは、供養された者たちとして、〔彼を〕供養し、思慕された者たちとして、彼を思慕し――

 そののち、彼を慈しむ――母が、わが子を〔慈しむように〕。天神たちが慈しむ人は、常に、諸々の幸せを見る」と。


 そこで、まさに、世尊は、マガダ〔国〕の大臣のスニダとヴァッサカーラを、これらの詩偈をもって随喜して、坐から立ち上がって、立ち去りました。

 さて、まさに、その時、マガダ〔国〕の大臣のスニダとヴァッサカーラは、背後から背後へと、世尊についてまわります。「今日、沙門ゴータマが出るであろう、その門であるが、それは、『ゴータマの門』という名に成るであろう。〔沙門ゴータマが〕ガンガー川を渡るであろう、その渡し場であるが、それは、『ゴータマの渡し場』という名に成るであろう」と。

 そこで、まさに、世尊が出られた、その門ですが、それは、『ゴータマの門』という名に成りました。そこで、まさに、世尊は、ガンガー川のあるところに、そこへと近づいて行きました。さて、まさに、その時、ガンガー川は、烏が飲めるほど、岸まで一杯に〔水が〕満ちています。人間たちは、一部の者たちはまた、舟を探し求め、一部の者たちはまた、筏を探し求め、一部の者たちはまた、浮橋をつなぎ、此岸から彼岸へと行くことを欲します。そこで、まさに、世尊は、それは、たとえば、また、まさに、力のある人が、あるいは、曲げた腕を伸ばすかのように、あるいは、伸ばした腕を曲げるかのように、まさしく、このように、ガンガー川の此岸から消没し、彼岸に立ちました。比丘の僧団と共に。

 まさに、世尊は、それらの人間たちが、一部の者たちはまた、舟を探し求めながら、一部の者たちはまた、筏を探し求めながら、一部の者たちはまた、浮橋をつなぎながら、此岸から彼岸へと行くことを欲しているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「彼らは、川を〔超え〕、流れを超える――橋を作って、諸々の湖沼を捨てて(回避して)。まさに、〔思慮浅き〕人は、浮橋を結縛する――思慮ある人たちが、〔流れを〕超えたところで」と。


 〔以上が〕第六〔の経〕となる。


8.7 分かれ道の経(77)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、コーサラ〔国〕で、旅の道を行く者(遊行者)としておられます。お供の沙門の尊者ナーガサマーラとともに。まさに、尊者ナーガサマーラは、道が途中で分かれ道になっているのを見ました。見て、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、世尊よ、こちらが道です。〔わたしたちは〕こちら〔の道〕を行きましょう」と。このように言われたとき、世尊は、尊者ナーガサマーラに、こう言いました。「ナーガサマーラよ、こちらが道です。〔わたしたちは〕こちら〔の道〕を行きましょう」と。

 再度また、まさに……略……。三度また、まさに、尊者ナーガサマーラは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、世尊よ、こちらが道です。〔わたしたちは〕こちら〔の道〕を行きましょう」と。三度また、まさに、世尊は、尊者ナーガサマーラに、こう言いました。「ナーガサマーラよ、こちらが道です。〔わたしたちは〕こちら〔の道〕を行きましょう」と。そこで、まさに、尊者ナーガサマーラは、世尊の鉢と衣料を、まさしく、その場で、大地のうえに置いて立ち去りました。「尊き方よ、これが、世尊の鉢と衣料です」と。

 そこで、まさに、尊者ナーガサマーラが、その道を行きつつあると、道の途中で、盗賊たちが出てきて、〔両の〕手と〔両の〕足とで、〔尊者ナーガサマーラを〕打ち据え、鉢をも壊し、大衣をも引き裂きました。そこで、まさに、尊者ナーガサマーラは、鉢を壊され、大衣を引き裂かれたので、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者ナーガサマーラは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、ここに、わたしが、その道を行きつつあると、道の途中で、盗賊たちが出てきて、〔両の〕手と〔両の〕足とで、〔わたしを〕打ち据え、鉢をも壊し、大衣をも引き裂きました」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「〔真の〕知に至る者は、他の人とは〔適度な〕交わりをもつ――共に歩み、一緒に住みつつも。知ある者は、悪しき〔行為〕を捨棄する――白鷺の子が、低きを行くもの(水)を〔羽から振るい落とす〕ように」と。


 〔以上が〕第七〔の経〕となる。


8.8 ヴィサーカーの経(78)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。東の園地にあるミガーラ・マートゥの高楼(鹿母講堂:ミガーラの母のヴィサーカーが寄進した堂舎)において。さて、まさに、その時、ミガーラの母のヴィサーカーの、愛しく意に適う孫が、命を終えたのです。そこで、まさに、ミガーラの母のヴィサーカーは、濡れた衣、濡れた髪で、朝も早くから、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、ミガーラの母のヴィサーカーに、世尊は、こう言いました。

 「ヴィサーカーさん、さて、いったい、どうして、あなたは、濡れた衣、濡れた髪で、ここへと近づいて行くのですか――朝も早くから」と。「尊き方よ、わたしの、愛しく意に適う孫が、命を終えたのです。それで、わたしは、濡れた衣、濡れた髪で、ここへと近づいて行くのです――朝も早くから」と。「ヴィサーカーさん、あなたは、サーヴァッティに人間たちがいるかぎりの、それだけ〔の数〕の、子たちやら、孫たちやらを、求めますか」と。「世尊よ、わたしは、サーヴァッティに人間たちがいるかぎりの、それだけ〔の数〕の、子たちやら、孫たちやらを、求めます」と。

 「ヴィサーカーさん、では、どれだけ多くのサーヴァッティの人間たちが、毎日、命を終えますか」と。「尊き方よ、十者でさえも、サーヴァッティの人間たちが、毎日、命を終えます。尊き方よ、九者でさえも……。尊き方よ、八者でさえも……。尊き方よ、七者でさえも……。尊き方よ、六者でさえも……。尊き方よ、五者でさえも……。尊き方よ、四者でさえも……。尊き方よ、三者でさえも……。尊き方よ、二者でさえも、サーヴァッティの人間たちが、毎日、命を終えます。尊き方よ、一者でさえも、サーヴァッティの人間たちが、毎日、命を終えます。尊き方よ、サーヴァッティは、命を終える人間たちから離れられません」と。

 「ヴィサーカーさん、それを、どう思いますか。あなたは、また、いったい、いつ、どこで、あるいは、濡れていない衣でいることに成りますか、あるいは、濡れていない髪でいることに成りますか」と。「尊き方よ、まさに、これは、ありえないことです。尊き方よ、わたしには、〔もう〕十分です。それだけ多くの、子たちやら、孫たちやらは」と。

 「ヴィサーカーさん、まさに、彼らに、百の愛しい者がいるなら、彼らには、百の苦しみがあります。彼らに、九十の愛しい者がいるなら、彼らには、九十の苦しみがあります。彼らに、八十の愛しい者がいるなら、彼らには、八十の苦しみがあります。彼らに、七十の愛しい者がいるなら、彼らには、七十の苦しみがあります。彼らに、六十の愛しい者がいるなら、彼らには、六十の苦しみがあります。彼らに、五十の愛しい者がいるなら、彼らには、五十の苦しみがあります。彼らに、四十の愛しい者がいるなら、彼らには、四十の苦しみがあります。彼らに、三十の愛しい者がいるなら、彼らには、三十の苦しみがあります。彼らに、二十の愛しい者がいるなら、彼らには、二十の苦しみがあります。彼らに、十の愛しい者がいるなら、彼らには、十の苦しみがあります。彼らに、九の愛しい者がいるなら、彼らには、九の苦しみがあります。彼らに、八の愛しい者がいるなら、彼らには、八の苦しみがあります。彼らに、七の愛しい者がいるなら、彼らには、七の苦しみがあります。彼らに、六の愛しい者がいるなら、彼らには、六の苦しみがあります。彼らに、五の愛しい者がいるなら、彼らには、五の苦しみがあります。彼らに、四の愛しい者がいるなら、彼らには、四の苦しみがあります。彼らに、三の愛しい者がいるなら、彼らには、三の苦しみがあります。彼らに、二の愛しい者がいるなら、彼らには、二の苦しみがあります。彼らに、一の愛しい者がいるなら、彼らには、一の苦しみがあります。彼らに、愛しい者が存在しないなら、彼らには、苦しみが存在しません。彼らは、憂いなく、〔世俗の〕塵を離れ、葛藤なき者たちである、と〔わたしは〕説きます」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「それらが何であれ、世における、無数なる形態の、憂い、あるいは、嘆き、あるいは、苦しみ――これらは、愛しいものを縁として出現する。愛しいものが存在していないとき、これらは、〔世に〕有ることがない。

 彼らにとって、どこであろうと、世において、愛しいものが存在しないなら、それゆえに、まさに、彼らは、憂いを離れた安楽の者たちである。それゆえに、憂いなく〔世俗の〕塵を離れる〔境地〕を望んでいる者は、どこであろうと、世において、愛しいものを作るべくもない」と。


 〔以上が〕第八〔の経〕となる。


8.9 第一のダッバの経(79)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ラージャガハ(王舎城)に住しておられます。ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)において。そこで、まさに、マッラの子の尊者ダッバが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、マッラの子の尊者ダッバは、世尊に、こう言いました。「善き至達者よ、今や、わたしにとって、完全なる涅槃に到達する時です」と。「ダッバよ、今が、そのための時と、あなたが思うのなら〔そうしなさい〕」と。

 そこで、まさに、マッラの子の尊者ダッバは、坐から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、宙に舞い上がって、虚空において、空中において、結跏を組んで、火の界域に入定して、〔そののち、火の界域から〕出起して、完全なる涅槃に到達しました。

 そこで、まさに、マッラの子の尊者ダッバですが、宙に舞い上がって、虚空において、空中において、結跏を組んで、火の界域に入定して、〔そののち、火の界域から〕出起して、完全なる涅槃に到達したところ、肉体が燃やされつつ、焼かれつつも、灰が覚知されることもなければ、煤が〔覚知されることも〕ありませんでした。それは、たとえば、また、まさに、あるいは、酥(バター)が、あるいは、油が、燃やされつつ、焼かれつつも、灰が覚知されることもなければ、煤が〔覚知されることも〕ないように、まさしく、このように、まさに、マッラの子の尊者ダッバですが、宙に舞い上がって、虚空において、空中において、結跏を組んで、火の界域に入定して、〔そののち、火の界域から〕出起して、完全なる涅槃に到達したところ、肉体が燃やされつつ、焼かれつつも、灰が覚知されることもなければ、煤が〔覚知されることも〕ありませんでした。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「身体は朽ち果てた。表象〔作用〕(想:認識対象を表象し概念化する働き)は止滅した。諸々の感受〔作用〕(受:認識対象を感受し楽苦の価値づけをする働き)は、一切が冷静と成った(苦と楽と不苦不楽の感受は、その機能を停止した)。諸々の形成〔作用〕(行:生の輪廻を施設し造作する働き)は寂止した。識別〔作用〕(識:認識作用一般、自己と他者を識別する働き)は滅却に至った」と。


 〔以上が〕第九〔の経〕となる。


8.10 第二のダッバの経(80)


 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。そこで、まさに、世尊は、比丘たちに語りかけました。「比丘たちよ」と。「尊き方よ」と、それらの比丘たちは、世尊に答えました。世尊は、こう言いました。

 「比丘たちよ、マッラの子のダッバですが、宙に舞い上がって、虚空において、空中において、結跏を組んで、火の界域に入定して、〔そののち、火の界域から〕出起して、完全なる涅槃に到達したところ、肉体が燃やされつつ、焼かれつつも、灰が覚知されることもなければ、煤が〔覚知されることも〕ありませんでした。それは、たとえば、また、まさに、あるいは、酥が、あるいは、油が、燃やされつつ、焼かれつつも、灰が覚知されることもなければ、煤が〔覚知されることも〕ないように、まさしく、このように、比丘たちよ、まさに、マッラの子のダッバですが、宙に舞い上がって、虚空において、空中において、結跏を組んで、火の界域に入定して、〔そののち、火の界域から〕出起して、完全なる涅槃に到達したところ、肉体が燃やされつつ、焼かれつつも、灰が覚知されることもなければ、煤が〔覚知されることも〕ありませんでした」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。


 「まさしく、鉄の棒で打たれた燃える火が、徐々に静まったなら、〔その〕赴く所が知られないように――

 このように、欲望の結縛という激流を超え、正しく解脱した者たち、不動の安楽を得た者たちの赴く所は、〔他に〕知らしめようにも、〔もはや〕存在しない」と。


 〔以上が〕第十〔の経〕となる。


 パータリ村の者の章が、第八となる。


 その〔章〕のための、摂頌となる。


 〔しかして、詩偈に言う〕「涅槃と説かれた四つのもの、チュンダ、パータリ村の者たち、分かれ道、および、ヴィサーカー、〔二つの〕ダッバと共に、それらの十がある」と。


 ウダーナ(感興の言葉)における諸章のための、摂頌となる。


 〔しかして、詩偈に言う〕「優れたものたる第一のこの章は、菩提。第二のこの章は、ムチャリンダ。そして、優れたものたる第三の章は、ナンダ。および、優れたものたる第四の章は、メーギヤ。

 優れたものたる第五の章、ということで、ここに、ソーナ。優れたものたる第六の章、ということで、生まれながらの盲者。および、優れたものたる第七の章、ということで、小なるもの。第八の章は、パータリ村の者。

 欠くことなく八十の優れた経ある、見事に区分された、この八つの章は、〔世俗の〕垢を離れた眼“まなこ”ある方によって見示された。まさに、たしかに、それを、〔人々は〕『ウダーナ』と、こう言った」〔と〕。


 ウダーナ聖典は、〔以上で〕終了した。

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